山の話㉗ 狩猟の思い出③ 他

 昨日は家族の怪我などで午前中は医者でした。午後から他社のお手伝いで県道の清掃作業でした。どっちみち、この地区県道は7月から私たちが除草作業で請け負うので道路側溝掃除は大いに助かります。小雨で息も白くなる中、新緑も生えてミツバアケビも伸び始めていました。こういう作業をしていると世の中の情勢など絵空事のようです。夏鳥は普通にやってきて、新緑は新しい季節を彩り始めるのです。

 狩猟シーズンではチームで捕るという部分において、熊猟は最大のメインイベントでした。一旦、通常猟期や野兎駆除期間が終了し、残雪期に有害駆除として熊の駆除の期間が20日ほど許可されます。
 熊を捕るためには冬眠の場所を見つけるというところからの作業となり、ベテラン猟師たちは冬眠場所をほぼ把握していました。その場所を「ヤス」と呼び、その近くに行って足跡を確認したり、動き出したかどうかを調べることから熊狩りのシーズンははじまります。
 熊の居場所が特定されると、翌日に長老宅に寄り集まり人員が大まかに振り分けられます。
 熊を捕るためには、人員配置が大切で、リーダーはメアテと呼ばれ、熊の動きを見ながら各人員に無線連絡し人を動かします。地形によっては、メアテのサブのような人員が配置されることもあります。次は射手で、鉄砲場と呼ばれる配置です。ここは一人ではなく、熊が逃げてくる場所をそれぞれ想定し、複数振り分けられます。次は勢子。勢子は一般的に熊を鉄砲場まで追う役目ですが、地形や人員数により、鉄砲場と勢子の間に受け勢子として入ったり、鉄砲場のサブとして入ったりします。
 前日熊がいたとしても、同じ位置でじっとしているわけではありません。ですので、その現場に行き、熊の実体を確認する必要があります。特定の見晴らしの良い場所で、それもぽかぽか陽気の時などは眠気が襲ってきたりします。実に暢気に皆皆が双眼鏡であちこちを眺め、あれは黒いぞとか、あれは違う、だとか言いながら、時にはグーグーいびきをかいて寝ている人もいるくらいでした。
 その暢気なムードが熊の発見とともに俄かに激変します。熊の位置が思っていた場所と違ったりした場合は、若手は特に過激な移動を指示されます。「んな、あのてっぺんまで早く登れ」と、はるか向こうの尾根を目掛けてさらりと言われることが結構ありました。そのためには一旦上った尾根を再び沢まで下り、また登り返す必要があるのです。それも途中途中に藪が露出していたりすると歩き難いものとなります。息も絶え絶えで登っているにもかかわらず、無線からは「まだだか、早く登れ」ときつい指示が。「よし、そこらで待て」との指示でホッとした時、本来私のところに熊が来る予定ではなかったのに、「んなのところに向かって登っていくぞ、良くタメてぶて!」・・・・今で言う「マジかよ」っていう感じでしょうか。案の定無線通りに私の30m下からぬっと出てきたではありませんか!。しかし、ノミメンタルの私でもそんな時には肝が据わるもので、熊の月の輪めがけて2発発砲し、何歩か歩いた後下部に落下。初めて熊を射止めた瞬間でした。以降、私は痛い失敗もしましたが、もう1頭行方不明になってしまった熊も入れ、2頭の熊を撃たせてもらいました。なお、この日行方不明になった熊の捜索記事の続きはここ。翌々日はこことなります。
 熊猟で得たことは毛猛山塊への入門だったことと、黒姫周辺の猟などで、烏帽子や八十里などの布石になった気がします。
 当時、たくさんいた猟友会員は高齢や亡くなったりで年々減少し、今では数えるほどになったようです。しかし、30台の人も数人増えたようですし、細々とですが伝統は引き継がれていると思います。

 さて、山シリーズ含めスキーのお話やらいろいろと2月からずっと配信(笑い)してきましたが、一応明日で一旦終わりたいと思います。ただ、切りのいいところで終わりたいので、30回分まで書く予定でいます。よって、明日含め、今日夕方また新たに記事を書く予定でいます。御期待(笑)下さい!












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この記事へのコメント

2020年04月22日 19:01
たくさんの気持ち玉ありがとうございます。