山の話④ 他

 昨日は朝から雪降りで、そのうち晴れるという予報でした。なので、一応山スキー優先を考えていたのですが、雪は9時過ぎまで降るようで8時前に行くことを断念しました。(膝の調子がいまいちという事も手伝って)
 かみさんが娘のところに行くというので運転手で行くことにし同行。途中で二分に寄り、登山者を確認するとまだまだいましたね。山スキーヤーが。
 帰りに、地元のテレ屋さんと車でスライド。やっぱりけば良かったかなーと、二週続けて思ったのでした。

 本日より、思い出の山歩きについて書いていきたいと思います。
 初めて毛猛山に登ったのは今から20年前の5月の中旬くらいだったでしょうか。毛猛山山塊には、それまで足沢山やその周辺に熊狩りで何度か行ったことがありましたが登山としてはこの頃が初めてとなります。
 当時は地元のhさんとよく山に行きました。若い頃はアルプス縦走など、本格的な山屋だったと言います。最近はシフトダウンして、越後の山に長靴専でひょいと登る屈強な方です。
 その前に、私は単独で様子見に太郎助山に行くこととしました。足沢山までのルートは、熊狩りなどで何度も歩いたことがあり周知していました。しかし、その先はどうなっているのか未知数で怖いもの見たさというか、不安に駆られながらの単独行でした。実際に歩いてみると、さほど藪は当時酷くなく、稜線も雪が豊富にあり、かなり雪を拾えた記憶があります。帰りも野鳥のさえずりを聴きながらのんびりと下った記憶があります。
 その後すぐにH氏と毛猛山に向かうわけですが、太郎助山に下見に行ったにもかかわらず、大胆にも毛猛沢から入山しました。国土地理院には古い破線があり、そこから至ろうとか色々考えたりしましたが、実際行ってみるとそのような痕跡など無く、ひたすら雪渓の沢を登って行きました。
途中で沢は急峻になって正面は険悪な様相となり、前毛猛山から毛猛山に至る稜線に取り付きました。その稜線上に1か所気持ちの悪いエッヂがありましたが、そこは少しトラバースするとさほど危険ではありませんでした。
 途中の密藪をクリアすると、毛猛山直下に出て荷物をデポ。そこからするすると山頂へアタックしました。通常のルートだと、百字ヶ岳~中岳まで行き、毛猛直下のたどり着くわけですが、そこからが意外と長いのです。しかし逆方からだと鞍部から山頂は意外に近いのです。
 山頂から降りてデポ地に行き、ふたたび藪を潜るのは面倒くさいのでまっすぐ毛猛沢に下降しようという事になり下降しました。しかしそこには雪の醜悪なブロックがあり、かなり危険なコース取りとなってしまいました。恐る恐るそのブロックを通過し、なんとか毛猛沢源頭部へ到達。ようやく一息ついての昼食タイムとなったのです。帰りの沢歩きは意外と遠く、そこそこのコースタイムだった気がします。
 最近の小雪では、こういうコース取りはまず不可能であると思われます。参考になりませんのであしからず。

山の話③ 他

 昨日は、1日中だらだら過ごしました。久々にツタヤに行ってDVDを借りてきたのですが、1枚はB級の二番煎じSFもの。2枚目はボヘミアンラプソディー。フレディー役の容姿がイマイチあれでしたが、ボーカルは本人かな?もしそうだったらすごいなと。時代の先端を行っていた曲作り。その昔のビートルズにも匹敵したのでしょうね。役者的には、フレディーの元彼女さんの人や、ゲ〇の男性の方々や、会社?の方々の役者の方の演技が素晴らしかった。内容的には、フレディーの人生というより、クイーンとしての生きざまだったような気がして、◎でした。
 と、らしからぬやわらか系の記事となりましたが、本来私はやわらか系でしたので、こういうモノも好きなのです。

 今日の山のお話ですが、行っている登山道整備について少し書きます。
 私が現在行っている作業は、山開き前(今では特に山開きというイベントは旧入広瀬地区では実施しておりませんが、おおむね6月下旬)に、守門岳大白川登山道布引登山道・浅草岳ネズモチ登山道、ムジナ沢から桜曽根経由で山頂まで、山頂から六十里登山口まで。これらのコースを実施しています。整備の内容は登山に邪魔になる支障木や倒木の処理、補助ロープのチェックと修理、道標の埋め直し、植生保護ロープの設置など、雪消えのタイミングもあり植生保護ロープは一度に張れません。さほど問題がなければおよそ3日で終わりますが、大木などがあったりしますと、5日ほどかかってしまいます。また、雪が解け、各登山口まで車が入れるようになると、各登山口にはそれぞれトイレや管理棟がありその管理も始まります。浅草岳ネズモチ登山口には大駐車場と管理棟とトイレがあり、その見回りや清掃などを定期的に行う必要があります。特にヒメサユリ鑑賞の時期にはたくさんのハイカーが訪れトイレはかなり汚れますので、清掃頻度を少し短くして対応する必要があります。
 山開きを行い、7月に入るとほぼ各所の残雪は消えます。そのタイミングを見計らい、雪で張れなかった湿原のロープを張ります。これを張ることで、一応春の整備は終了となります。
 8月ごろになると、今度は別な役所の部署から田代平の林道の除草と木の根峠から鞍掛峠までの除草委託があります。ただ、この箇所は大変単価が逆リーズナブル(笑)で、率先して行いたくない地域なのですが、ずっと私が実施しています。
 登山道整備のほか、山に関わるボランティア的な仕事をいくつか依頼されておりまして、ひとつが自然環境保護員業務というのがあります。これは新潟県全域の各地区にそれぞれ人員が配置されており、魚沼市ですと、旧守門に1名、旧入広瀬に1名、あとは旧湯の谷や旧小出に数名といった感じで配置されているようです。
 私の担当山域は浅草岳・毛猛山・田代平の3か所で、年間その地区を適度に分割してパトロールや整備を行いそれぞれ報告書を提出する義務があります。ただ、毛猛山にはなかなか行くことは至難の業ですから、現在ではあまり足を伸ばしておりません。毛猛山塊として、せいぜい足沢山界隈に足を伸ばす事ができれば精いっぱいという感じです。そういう仕事を年に10日以上実施します。もう一つの仕事は文化物としての天然記念物カモシカの調査です。これは聞きとり調査2回含め全部で8回実施が義務付けられています。カモシカのおおよそのテリトリーの調査や食害、食痕、難しいですが単体の特徴調査などを行います。これらの調査や保護の仕事もあり、なかなかフリーでの登山というのは無雪期には難しくなるのが現状です。
 9月に入り、登山道の除草作業が本格的にスタートします。私の担当は守門岳大白川登山道と布引登山道・浅草岳ネズモチ平登山道と六十里登山道です。なお、六十里登山道は、吹き峠分岐から六十里登山口までの間は電力会社の作業道と被っているため、電力会社管理となっています。その他の登山道は民宿旅館組合が作業を分担して行っていますが、いろいろあって私の担当作業区域が一番多くなってしまいました。これに、おおむね10日ほどかかります。
 山開き前の登山道整備は登山道チェックと植生保護ロープの設置がメインとなるため、さほど精神的負担はありませんが、登山道除草は精神的にも重いものがあります。ザックの中には燃料・工具・雨具・食料・救急用品など最低限の必需品は備えておかなければなりません。それを背負ったうえでの刈り払い機作業ですので、気も重くなります。しかしながら、苦行のあとの山頂到達は言葉にならない爽快感があります。山頂まで行かず、初日はおおかた途中で刈り払い機をデポすることが多いのですが、それでも作業が終わり山を後にする爽快感は言葉では言い表すことができないほどの達成感が生まれます。まさに、苦行後の喜びを得たいがためだけにこんな辛い作業をやっている気がします。
 私は色んな仕事を掛け持ちしていますので、なかなか天気が良い日だけ狙って作業ができません。時には雨の日もやらざるを得ない場合もあります。そういう時にも作業を終わらせ、帰路に着くときの解放感は良いですね。あらゆる景色が美しく、山に包まれていると感じてしまいます。
 登山道除草は工期が9月末ですから、10月からしばらくは自然環境保護員業務を行ったり、タイミングが合えばフリーでどこかの山に出かけたりします。ただ、フリーで行楽登山ができるのほぼ1日程度で、あとは家業の八十里越えツアーなどの下見やコースガイド。月末には登山道の店仕舞いが始まります。小さな道標を抜いてナイロン袋に入れ、倒して重しなどを載せておきます。植生保護ロープは鉄筋棒をロープごと抜いて倒伏。
 登山道整備と除草、その他の管理が終わると11月10日頃になります。ネズモチ平の管理棟掃除を行い、市職員から締めを行っていただき、すべて終了となります。あとは、雪が降るまで、あるいは雪が降っても行ける山域や条件などがあれば、自然環境保護業務で各所をパトロールするといった感じの1年となります。
 その後しばらく暇があるので、雪の心配がなければ里山を中心にフリー登山を楽しむというサイクルになっています。

このように、登山道整備蘊蓄を他者に語ると「大変ですね」などという事が必ず帰ってきますが、考えてみれば「好きでやっている」という事かと思います。そうですね、今度「大変ですね」と言われたら「好きでやってるんで」とかわしたいと思います(笑)。

山の話②(猟編) その他

 昨日の朝一は未明に行われる伐採現場の偵察へ。かなり骨が折れるねぇ~、と、上司と打ち合わせ。まぁ、上司は若いので、ちゃんと考えていることでしょう。その後は、あまりぱっとしない作業で、午後からは本格的にソーチェーンの目立てをしてました。作業場の2階でやってましたが、かなり暑くてカメムシがぶんぶん飛んでました。

 山の話②ですが、今日は猟の話などをしていきたいと思います。
 銃は29歳から30年所持してました。数年前に返納しています。長い期間でしたが、獲物の先細り感があり、このまま所持していても無益であろうという事で止めたのです。
 猟で行く山歩きというのは、獲物の種類によって楽であったり重労働であったります。晩秋11月15日から解禁となりますが、その時点ではまだ雪はありませんから鳥猟(カモ)となります。基本的に車で池回りやダム回りをし、居れば開始という段取りになります。主にカモ猟となるので、単純に山坂は無く平坦な場所から潜んで近づき捕獲というスタイルです。なので山というジャンルではないかもしれません。
 カモ猟を2週間くらいすると、山には雪が降り積雪が嵩んできます。ただ、1月にならないとなかなか藪が埋まらず、ウサギを発見するという事が難しいのです。
 雪山(ウサギ猟)で歩く距離はさしたるものではありませんが、私は仕事の休みの関係で単独猟が多かったのです。その場合、カンジキは一人ラッセルとなるため、長い距離を歩くのは無理です。おおむね、今まで捕れた実績のある山域を一つのコースとして決め、そこを周回するという山行でした。もちろん、ウサギの存在がなければコース取りを変えたり、立ち止まって痕跡を確認し変更という事も多々ありました。
 ウサギ猟で歩く行程は、午後3時には自宅に帰れるようにしてましたので、長くて7時間くらいでした。ザックには1食半くらいの食糧と水分500CC程度(足りなければ雪で補充)、気候の変動に伴う簡易が着替え、かわはぎナイフ(主に内臓を除去するためのもの)、双眼鏡、サングラスなど、割と軽易な服装と装備でした。これは、獲物が数頭あった場合に、背負って帰ってこなければならずその空隙を残すために軽微な装備となるためでもあります。
 例年ですと、今年のような気候はあり得ず、3月頃になるとネズモチ平まで足を伸ばすことが多かったですが、途中で天候が急変し展望台近くで視界がまったくなくなったことがありました。ネズモチ平は特徴の無いだだっ広い地形ですからわかりずらく、しばらく困惑していましたが冷静に辺りを観察すると、うっすらと白崩沢の粘土質の岸壁が確認できそこを目指して下降したという事がありました。
 初心者の頃は、やたらウサギの足跡を追い続け、気がつくととんでもない急峻な尾根筋に出てしまい下降するのに冷や汗をかいたこともありました。ある程度締った雪の上に新たに新雪が降り、クラックに腰まで入ったこともありましたが、事故もなく猟人生を送れたのは運が良かったという事でしょう。
 初猟の鴨猟で始まり、有雪期はウサギ猟、そして残雪期には熊猟という年間サイクルでした。熊猟では単独はあり得ず、すべてチームで行います。リーダー格が持ち場を決め、猟場で熊を確認し、居れば捕獲作戦が練られ敢行というスタイルでした。
 熊の冬眠場所は昔から言い伝えられていた山域にあり、その地区をまず足で散策するという手法がとられました。歩程距離としては最も登山に近いものがあり、浅草岳鬼が面山山塊では標高1200m程度まで。浅草岳の山塊では大三本沢源流を上部として、その下流の左沢源頭から木の根峠・田代山界隈のゆるやかな尾根の地区。一方では、下黒姫沢から黒姫、反対側のジャクズリガッチからサッパタ沢流域の官民界尾根。守門では大雲沢とエラオトシ沢の駒の神へ伸びる主尾根。登山道から本高地沢などの流域山塊。足沢山を主としたその流域一帯の山地。など、今の一般登山ルートから逸した山歩きが多く、木の棒での急な斜面のグリセードなど、多くの経験を積むことができました。 
 熊を見つけるまでは、登山の様相でのんびりと双眼鏡で熊を探すというスタイルですが、一旦実体を確認できるとすぐさま捕獲の体勢に入り、各所に人が配られます。当時、私はまだ若く、「お前はあっちの山まで走って待機してろ」などの場面が多く、そういう場合は心臓が飛び出すかのような激務でした。少し息を整えていると、「まだ、着かんかや」と無線が入り、ラーメンの出前のように、「もうちょっとだ」などと適当にごまかしていたものです。
 熊はさほど多く捕れるものではなく、私が落とした熊は2頭でした。猟の晩年は、仕事の関係でチーム参加が不可能であったため、後半の6年くらいは全く出猟することはありませんでした。
 猟をしなくなった私は、山に関してはとてもスリムな思考になり、銃を持って山に分け入りつつ熊の猟も兼ねるというようなことはなく、ほぼ山スキーであったり、登山というスタイルになっています。面白いのは、猟をやっているときは自然の不思議な現象とか景色のすばらしさなどは全く感慨もありませんが、ただ山のみを目指す登山は色んな発見があり、いろんな景色を見る機会が多いという事です。また晩秋や初冬に鴨猟をしているときに、ときおり見られるナメコの群落などには目もくれず、ひたすら猟という行為に没頭していました。
 熊狩りで、毛猛や黒姫という存在を知り、そこから派生して今の私の登山スタイルができたのだと思います。また、それらのさらに基礎的な部分は少年期の雪山歩きであったり、野遊びや、魚突き。そして山菜採りやキノコ。猟など。そういうものがベースになって今の私の山のスタンスがあるわけですが、決してスキル的に優れている部分はありません。特定の場面に即した山の様子がわかるといった程度のものですから、あまり応用性は無いものと思われます。

 こんな感じで、最近は饒舌にブログを日々更新しておりますが、個人的にちょっとした理由があってのことですので、鬱陶しい方は適当にスルーしていただければと思います。本題の山のことなど聞きたい方は直接メールにてご連絡いただければと思います。当宿を利用するしないというのはまた別なお話なので、そこらへんはお気を使わずにメールくださって構いません。
 山の話は今日で2回目で、山菜採りやキノコ採り、猟など、登山の域ではない部分から触れております。今後は、当サイトのアドレスをリンクし、過去の思い出深い山旅を紹介していきたいと考えています。

山のはなし①(山菜採り&キノコ採り) その他

 昨日は、勤務仕事で浅草地区の公園の雑務でした。ニシキギという鑑賞木の冬囲いを撤去したり、園内のブナの風倒枝などを処理したりと、気候も暖かくのんびり仕事ができました。破間川のダム湖ではマガモががーが―鳴いていて、そろそろ北へと移動するための会合でも開いていたのでしょうか。時勢は大変な時代になっていますが、昨日の天気はそんな不安も打ち消してくれるような暖かさでした。

 スキーの話を五十日に渡って投稿してきました。今回からは登山を含め山の話をしていきたいと思います。
 本日は第一回目として山菜採りとキノコ採りについて書いてみます。一般的にこれらの行為は、イメージとして、ユルい感じがするのではないでしょうか。どこか牧歌的で気楽なイメージがあろうかと思います。確かに場所や地域によっては、道端の野の草を摘むのも山菜採りと言えましょうし、丘の松林でアミタケのようなキノコ採りをするのもありです。
 山菜は山に行けばどこにでもにょきにょきと生えているのではなく、生息する適性な場所があるのです。特に沢筋や比較的平らな所など様々です。
 道端で採れるものとして、フキノトウ・ワラビ・ミツバアケビなどほかにもありますが、沢筋を好む山菜は大量に採れることもあります。かつて、日帰りの食事も提供していた頃、山菜そば定食などもメニューにあったので大量の山菜を保存しておく必要がありました。保存できる山菜としては、クサソテツ(コゴミ→以降コゴミと記述)・ゼンマイ・ワラビ・ウド・アザミ・ミツバアケビ・フキノトウなどがあげられ、それぞれ塩漬けや冷凍で保存できます。この中で沢筋を好む山菜はゼンマイ・ウド・アザミ・長期保存ができないオオバギボウシ(ウルイ→以降ウルイと記述)などがあります。急峻で足場の悪い場所をトラバースしたり、危険という尺度では一般的登山の比ではありません。
 悪い場所のトラバースでは、何か他の草や木につかまりながら進行するわけですが、時に何も掴まるものがなく、気が付いたらセミ状態になっていたという事もあります。これからの時期に、山菜採りで事故や遭難などの記事が相次ぐのは、道なき道を行き、滑って滑落しケガをしたり、方向を失ったりと様々な事故があるようです。さらに、高齢者が山に入る場合が多く、身体能力の低下した年代であるという事も事故の主たる原因となっているようです。 
 最近の私の山菜採りでは、まず恐怖を感じた斜面には立ち入らないという事です。ここで落ちたらケガは必至、という斜面にはいかないという事ですね。また、急な斜面であっても、安全に自分の体を確保できる木などがしっかりしているかという事を十分に確認します。灌木の中にアブラチャンというモクレン科の樹木がありますが、これは大変枯れやすい木であり、うっかり掴まると折れてしまいます。掴まる対象の木の根元がぐらついていないか、枯れ枝でないかを注視する必要があるでしょう。木であっても、生えてまだ何年もたっていない木は、うっかり掴まると根こそぎとれる場合もあるので要注意です。また、草につかまる場合も要注意です。草は脆く、掴まる対象としては不適ですが、ゼンマイの呆けたものは根元が堅固であることから利用頻度は高いです。

 キノコ採りは最近は全くと言っていいほど行っておらず、八十里越えの際に山道近くに出ているものを必要があれば採取するといったレベルになっています。 
 キノコ採りに夢中になり始めた頃はもっぱら藪の中のキノコでした。サクラシメジやムラサキシメジ、ホウキタケ・シシタケ・ヌメリササタケの類など、ナラの灌木の中にそういう種類が出ていて、藪の中を潜り込んでは楽しんでいました。一方、木に出るキノコは深山のブナの大木の立ち枯れや風倒木の五年以上経過したものなど、そういう環境を求めて歩いていました。
 このように、キノコも山菜も山に行けばどこにでも生えているというものではなく、生息環境が特定されます。何回か実際に山菜を採ったり、キノコを採ったりしているうちに、何となくキノコがありそうな森だな、とか、ウルイやコゴメがありそうな地形だなとかわかるようになってくるものです。

 今回のこのテーマは、あくまで私自らの体験ですから、読み物として捉えてください。各地区で、それぞれ山菜採りやキノコ採りが禁止されている地域が多々あります。無断に入るようなことは決して許されるものではありません。
 ということで、今回から再びシリーズものを開始いたしました。山の話という事で、一回目は山菜やキノコについてがさっと経験などを書いてみました。

スキー雑談⑩ その他

 ここのところ、バタバタとしておりました。本業も少し有ったり副業も少しづつやることが出てきたりと、1日のうちでも二足を履くことはたとえ僅少の仕事量であっても楽でないものです。
 私よりもだいぶベテランのBCスキーヤーさんが2泊され、浅草岳を目指したそうですが、数年前に怪我をされ久々の山行きだったとのことです。浅草岳スキーを計画し、SNSを辿っていたらうちちの宿にたどり着いたとのことでした。テレマーカーという事もあり、いろいろとお話しすることができ、私も楽しく夜を過ごさせていただきました。


 さて、スキーのお話も今回でいったん止めることといたします。
 アルペンスキーについては27回行い、テレマークスキーコーナーも13回行いました。今回の雑談コーナーでも10回書き、トータルすると50日書いたことになります。つまり、如何に暇だったという事ですね。

 浦佐の話に戻ります。研修生時代は殺伐としたシーズンを送ってきたわけですが、春になりスキー場が閉鎖になると、燃え尽き症候群のような精神状態になったものです。何もやる気が起きなく抜け殻のようでした。雪が解けだしても残雪を求めては雪の感触を追い続けていた年代でした。
 以前にも書かせていただきましたが、研修生の初年度に一級を取得し、次の準指導員へと目標を定めていましたので、シーズンオフもイメトレに精を出し、私の滑りはがらりと垢抜けしたのでした。それが2シーズン目ですね。2シーズン目は準指導員を受験するべく望んでいたのですが、研修生同士の中で今年は受験は回避しようという勢力があり、結局その年は消化不良でした。 
 3シーズン目は、満を持しての準指導員検定でした。その年から教程は大幅に変わり、いわゆる加圧押し出しという奇妙な指導法が発明され、プルークから片方づつ雪面を圧した結果、もう一方のスキー板のトップを上げるというものでした。スクールでもあちこちの猫の額ほどの斜面でトップ上げという奇妙な指導法が見られ異様な光景でした。当然、その年は加圧押し出しによる新しい準指導員の種目が登場し、大いに困惑しました。
 私のなかでは、加圧押し出しというのはあくまでも指導種目で緩斜面で行うもの。急斜面や実践種目では対応できない、という考えの切り替えを行う事にしました。 指導法の中に理論があり、それを学ばせるというよりも、それは一つの商品であるという考え方に徹していました。なぜなら、加圧押し出しのトップ上げをしながらコブ斜面なんて滑れませんし、あくまでもスクールの商品であるとの考えに徹していました。ただ、それを生徒さんに教えなければならず、そこが嫌な部分でしたね。教える側が納得してませんから変な時代でした。それでも、当時は新教程という事で各地から挙って生徒さんが来たものです。
 3シーズン浦佐で過ごし、新しい指導法やらいろんなものが色褪せ、私は去ることにしましたが、ここでの3年は燃え尽きたという充足感を感じた時期でした。年間100日スキーを3回過ごしたわけで、あんなにスキーをしたことはなかったですね。ただ、その割に巧くならなかった(のちの大原で実績を残せなかった)のは、自分の気の弱さだと思います。 
 すでに浦佐スキー場は廃墟となり、国道から見える山頂レストランは未だにありますが、いつかシールを着けて登ってみたい気に駆られることが最近あるのです。
 いい時代でした。生徒さんがたくさんいて、それもすべて自分よりも少し技術が劣るレベル程度で、初心者の生徒さんなどほぼ居ませんでしたし、日々生徒さんの前で下手な滑りはできないという緊張感の中でのレッスンでした。
 あの、濃密な3年が忘れることができず、まだこうして老体に鞭打ち、スキーをやっているのでしょう。

 という事で、長々とスキーの話をさせていただきました。
いつもより早い雪消えなど、これからはリアルタイムに自然関連の発信をしていきます。勿論、山スキーはまだ行くかもしれませんので、その際にはまたスキーの話など書かせていただくことがあろうかと思います。

スキー雑談⑨ その他

 昨日、午後から家業のため、あちこちと掃除をし、なんとか夕飯に間に合わせました。この時勢と少雪でいくつかキャンセルがあった中、こうしてきてくださるのは実にありがたいことです。


昨日の続きです。
 iさんの体形は重戦車のようで、繊細な緩斜面での滑りはもちろん、急斜面や悪雪での滑りも圧巻でした。一方のОさんはコブ斜面のスぺシャリストで、まるでスキーのソールに吸盤が付いているようにハイスピードで滑れる方でした。
 私たち研修生も、初心者さんなどのレッスンを行ったり、雑務をこなしたりしていましたが、夜の7時になるとスキー指導員・パトロール・従業員全員のスキー研修が約2時間毎夜行われました。そこでの講師は日毎に代わり、Оさんやiさんより古い時代の元デモの方が教えてくれることもありました。その方はsさんと言い、とにかくスパルタ式というか熱血指導をされる方でした。コブがたっぷりある山頂から下のリフトのリフト乗り場まで小回りターン(昔で言うウエーデルン)を連続7本くらい滑らされたり、コブのなかを片足で滑らされたりしました。コブの中を片足で滑るのは、大変でしたが、整地されたバーンでは浦佐時代にできるようになった気がします。
 浦佐はスクールのお客さんがメインのスキー場でしたから、コブはよくできました。圧雪車は基本的にコブは滅多に削らず、ほぼ残ったままでしたから、急斜面は常にコブ斜面でした。コブばかり滑っていると、コブにしか対応できず、たまにコブが削られるてしまうと、逆にスピードオーバーになる事がままありました。
 朝一番に指導員詰め所に行き、掃除や除雪を行い、自主練。それからコース別の担当のレッスンに就き、昼食は生徒さんと一緒に摂ることになっていました。コースは、一般的な常設クラス(「日帰りで2時間単位のもの)は、主に非常勤の指導員が担当し、我々常勤者は3日間コースが2種類、1週間コースなんて言うのもありまして、それをそれぞれ担当させられたのです。昼食の後はなかなか疲れて練習する気になりませんでしたが、なんとか頑張って数本滑って練習しました。午後も2時間レッスンしたあと、従食の時間まで自主練。さらにナイター研修2時間というスケジュールでしたから、かなり疲れました。そんな殺伐とした環境でしたが、生きているという実感がありました。
 浦佐での思い出や逸話は他にもたくさんありますが、これで止めます。このコーナーも、もう一回やって切りのいいところで終了いたします。

スキー雑談⑧ その他

 今頃になって雪がまた降っています。じっと何ヶ月もなごり雪がだらだら降っていたという感じの冬でした。
 気温が上がったかと思うと、結構寒い日があったりで、なかなか雪が少ない割に春の時期はいつも通りという事なのでしょうか。

昔の話で恐縮ですが、私ら7名ほどが浦佐のスキー教師研修生として採用されたのは、今から約40年も前の事です。それまでの浦佐はデモンストレーター養成学校のような様相で、デモの数も半端なく居ました。ですが、その後デモ認定者も少なくなり、私たちが入ったころには現役デモは2名のみでしたが、それでもすごい数だと思います。ですので、当時はどういう主旨でそういった研修生制度がはじめられたのかは解りませんが、若いものを育てようとする主旨があったのかもしれません。若しくは、プレイヤー輩出としてのスクール売名は取りやめ、単に一般的なスキー指導者を育成するだけのために我々を募集したのかはいまだ解りません。
 私たちを教えてくれる担当の先生は、元デモのОさんとiさんでした。研修生の中には、スキー初心者の者もいて、そういう人たちは違う勤労場所で働き、スキーを履くのはナイターのみという環境でした。私たちも最初、色んな部署で勤務させられましたが、正月を過ぎたあたりからアシスタントとして現場に出てました。
 まず、私たちが教わったのはスキー指導者らしい手の構えや基本姿勢でした。指導者らしい趣と言いますか、如何にも素人っぽい外見だとマズいわけです。徹底してやらされたのは、直滑降で手の構えをしっかり意識して滑るという練習がかなり多くの時間を占めた気がします。
 考えてみれば、手の構えなど、フリーで滑っていたころには全く意識していませんでしたが、浦佐に入り徹底して練習したせいか、自然とそういう構えができるようになりました。今でいう、ふところの深さという部分なのだと思います。構えを作り、上半身の懐をしっかりとることによって、下半身の動きもスムーズにできるようになるとの目的があったのだろうと今では理解しています。
 iさんの研修は割と緩斜面の低速での練習が多かったと記憶しています。止まるようなスピードでターンを開始したり、斜滑降や横滑りから次のターンに片足で入ってみたりと、低速の難しさと、操作の正確性に度肝を抜かれたのを鮮明に思い出します。まさに低速の凄さ、低速でここまで具現できる技を垣間見、やはり元デモというのはすごいなと思った次第です。

-以下続く

スキー雑談⑦ その他

 夫婦で山に行くことはあり得ないだろうなと思っていたのですが、昨年あたりから相方が率先して連れて行けなどという事が幾度かありまして、昨年あたりから数回歩いています。
 今のところ、弥彦あたりの山塊が多いのですが、本来は無雪期に守門や浅草あたりを一緒に歩き、いろいろと基本的なことを教えたいなとは思っていたのですが、まったく今までが現実化していませんでした。そこに一歩は近づいたという事で好ましいことかと思っています。

家族の中でスキーをやっていたのは私だけでなく、家内も大昔はインターハイなどに出たという話がありますし、一応一級は持っているという事です。長男も中学生まではスキー部に所属し、親の投資がもっとできていれば全国まで行けたという確信はありました。長女と次男は学校での授業でちょぼちょぼやっていたというくらいですね。
 家内は今はスキー用具もなく、まったくスキー経験はしてません。結婚前に一緒にスキーに行ったことがあったのですが、いくらスピードを出しても必ず追いついてきましたから、ふたたび鍛えて練習すれば私くらいは滑れるでしょう。
 長男もスキー部を離れる際、一級を取得し、現在は主にBC主体で有雪期は山に入り浸っているようです。あいにく山に一緒に行ったことがなく、いずれチャンスがあればとは思ってはいますが、どうなりますか。

昨今の山スキー界も、呼び名自体がBCという言い方になり、板はほぼ太板で年齢も若年化しているようです。用具もジルブレッダやディアミールと言ったどんなブーツでも履ける金具ではなく、専用靴と呼ばれる、金具とブーツがセット化されたものが主流となっているようです。テレマークでもNTNが主流となりつつありますし、これも金具とブーツがセット化されたものになっています。
 メーカーは、より良いものを作り、消費者もより良い品を求めショップに群がる。勿論、万人が同じようにいいものを買い求めることができるのであればそれがベストかと思いますが、なかなかリーズナブルとは離れすぎてしまっていて、手が出ないのが現状です。一般的に、もっと裾野を広げたアウトドアグッズの販売ができないものなのだろうか?としばしば思う事ではありますが、BCではあり得ないようですね。ただ、無雪期の登山用品などは、その代価品として量販店などで機能はやや劣るものの、充分使い出があるという雨具などは売られているようですし、私も山の整備などでは愛用しております。
 このように、ザックに板を括りつけ、スキー靴を背負って。あるいはジルブレッダ世代のような古き良き時代背景は失われてしまいましたが、BC熱は加速している気がします。それは昔のような細い板でなく、太板となり、誰もが難しい雪をそれなりに攻略できる時代になってきたという事が第一なのでしょう。 メーカーさんが可能ならば、もう少しリーズナブルな設定価格にできないだろうかと思う次第です。






スキー雑談⑥ その他

 昨日は、やはり予定通り妻とフラワートレッキングに行ってきました。朝方はスキーの準備をしつつ、悩んでましたが、山スキーは回避しました。
結果的に、ほど良い運動にはなりましたし、コース把握にもぽなりましたし、まぁ良かったのかなと。ただ、山スキー仲間の動向を後で知り、やっぱり行けばよかったかな~と思ったのでありました。
 結局、角田山に行ったのですが、予想通りすごい人人人でした。花よりも人の数が多いというか、なんというか。
 昨日のスタイルは、まったくに普段着にカジュアルな長靴と無帽、無手袋というスタイルで、山をイメージできるのはザック位なものでした。やはり弥彦山の表参道登山道の登山者に較べると皆さんビシッとされてました。弥彦表参道は、ソフトドリンク一本ぶら下げてほぼ普段着で登られる方も多く、気が楽というか、皆さん気さくなイメージですが、角田山は意外とそうでもない感じがしました。 
 帰りは、途中灯台コースとの分岐で妻と別れ、私は昔登った懐かしい灯台登山口に下山することにしました。あらためて長いコースと知りました。この灯台、昭和三十四年に建造されたものらしく、私よりもやや新しい年代でした。

スキーに一番のめり込んでいた時期は、20代前半でした。三年半勤めた会社を辞め、浦佐スクールの研修生として入り、一級を取得。その後、準指導員を受験するわけですが、その頃が一番熱かった気がします。
 シーズンが終わっても、イメトレしたり、毎日大原スキー場まで走ったり、軽い筋トレなんかもやっていた時期がありました。また、守門岳大白川登山口手前の上祝沢という沢の大滝雪渓めがけ、スキー靴とスキーを担いで沢を登り滑った記憶もよみがえってきます。また、まったく雪のない時期にも、ストックだけ持って大原スキー場のゲレンデ内を小回りターンで滑るイメージで駆け下りたりもしました。
 子供時分から運動神経は疎い方で、どちらかというと絵を描いたり文章を書いたりする文科系の方が得意だったので、スキーに関しても子供時代は下手糞な部類でした。ですから、人並の資格を取得するためには人並み以上の努力が必要でした。つまり、資格取得やイントラとしての勤めなどから、スキーなど心底楽しめるジャンルではなかったのですが、まぁ、上手になりたいというその過程が楽しみでもあったのでしょうか。 
 スキーが楽しい、と思い始めたのは、山スキーをやるようになってからです。これは山に登るというプチ旅とともに、旅の帰路を誰の手でもなく自分の足で滑り切りパフォーマンスできるという、ひと粒で二度おいしい味を楽しめるという事でしょう。ただし、そこにいたるまでの資格取得の時代や、低速でチマチマと基礎反復を繰り返してきた地道なモノの集大成でもあるような気も致します。そういう感じで、やっと楽しめる時期に差し掛かったころ、さらにテレマークと出会い、ますます山スキーというジャンルに入り込んできたのです。と同時に、皮肉にも加齢という天敵がやってくるといった感じでしょうか。
 ガタピシと体が軋む中、昨日のようなイイ天気に山スキーを回避し、里山巡りをするのもまたいいものです。そして、帰ってきては、思うのです。やっぱり、山スキーに行けばよかったな……
と。

スキー雑談⑤

 昨日は、終日家に居てごろごろしてました。今日は幾分体も軽く、一昨日の職場のコンクリートでの転倒の影響も少ないようです。
 昨晩、М氏から彼の山友とともに浅草岳をスキー山行するので、私も一緒に行かないか?という電話をいただいたが、取りあえずお断りさせていただきました。何しろ屈強の集団ですし、取りあえずパスという事にしています。ただ、天気は悪くないんですよね。困ったなぁ~と。
 おそらく、この間と昨日の若干の雪で多少パウダーっぽい体験ができるかもしれませんが、後半の腐れ納豆粘り雪だと、私のセンター幅70mmではかなり厳しいかな~とか考え中です。あるいは、かみさんとユキワリソウでも角田か弥彦あたりにでも?などと迷走中です。


スキーの形状についてですが、まったくこれまでは意識もすることなく、どちらかというと無頓着でしたから気にも留めませんでした。 
今年の1月後半、須原スキー学校のお手伝いで、八海山スキー場でレッスンした時の事です。この頃は須原も雪が無く、クローズ状態でしたので、止む無く他所でもレッスンとなったのです。多少滑れる子供たちでしたので、3日目にはテレマークスキーを持参してレッスンしてました。その際、須原のスタッフの一人がBCツアー主宰者で、かなり多くのBCツアーを催行されている方です。その方が私のテレ板を見て、「あれっ、細板なんだね」と言ったのでした。私はその時、「いやいやいやいや」といった気持でしたが、言葉には出さず、適当に答えていた気がします。
 つまり、私は太板は邪道である、という、まったく古い認識があったのです。私の長男も数年前からBCに行ってます(一緒に行ったことはありません)が、彼もセンターは100mmは優に超えた板を常用しているようです。 
 基礎の世界では、まだまだセンターは70mm強といったところですし、競技用では以下という事もあるようです。つまり、パックされたバーンでは、その方が食い付きも良く、滑走しやすいのだと思いますね。
 今、自分が履いている板はベクターグライド、オムニーという機種で、センターは70mm、トップで110mm、Rは17くらいでしたでしょうか。これは、2017年初冬に某ショップから入手しました。一応太板とかNTNなんかは当然勧められましたが、ゲレンデで基礎テレをメインに考え、BCにも対応という事でこの機種にした次第です。当時私は、テレマークのレベル3を受かり、年明けてテレ指導員受験を考えてましたので、細かい技術が可能な板をと考えていたのでした。つまり、私の買った板はたぶん売れる可能性のない板だったにもかかわらず、私が使ったことによって倉庫入りにならずに済んだのでしょう。
 考えてみれば、私はギアに拘らない人種でしたね。Uスクール時代も、あてがわれたカザマエアフロコンプという、ぺっらぺらの板とは真逆のフォルクルの超糞硬い205cmという私用の板と併用してました。片方はクルクル回るし、片方は木刀板ですから、勝手が違うのですが、ちょっと滑るとすぐ慣れてしまうという特技がありました。板だけでなく、ラングのブーツからいきなりコフラックのリアエントリーという転換にもすぐ対応できましたし、無茶苦茶でしたね。結局、何にも拘りがなく、ただに安物買いに過ぎなかったわけですが。ただ、自慢というかなんというか、このフォルクル205とコフラックリアエントリーでクラウンを取得したのでした。勿論、あの時代のクラですから、いまの時代とは全く違う滑りでしたし、今ではもうそういった資格など無縁ですが、一級くらいは何とか受かるレベルでしょうけれども。しかし、それもそこそこ今の時代の滑りを習わないといけないでしょうね。 
 気が付けば、いつのにか主流から取り残されていた。というか、すでに某ショップで買った時点で大幅に退行していたと言わざるを得ません。ただ、資格取得に際しては結果的にこういう板の方が良かったのかなと思います。

とりとめもなく、どこまで書いても終わりがないネバーエンディングストーリーっぽくなっちゃいますので、ここらへんで止めます。
それにしても、今日の予定がまだ決まりません。

スキー雑談④ その他

 昨日は早めにブナの間伐材の玉切り作業が終了し、残った時間をチェーンソー整備に充てました。チェンソー2台を持って、足場の悪い階段から下るときに、最後の2段を踏み外し、落下。膝下を思いのほかコンクリートに打ちつけてしまいました。強烈な痛みで、骨が如何かなったのか?と心配しましたが、歩けるので問題なしと決め帰宅。最近の重労働と今回の打撲で、あちこちが軋んでいます。今後3日連休ですし、ケアに充てられればと思いますが、明日は幾分持ちなおしそうなんですよねぇ~、天気。

山スキー山行では、雪質の当たりはずれが結構あって、自分的には登り主体よりも滑走主義の人ですので、やはりイイ雪じゃないと達成感は半減します。なので、今まではどちらかというと春雪が締まってから出かけることが多かったのです。ところが、今年に至っては雪が異常に少なく、とても残雪をあてにした山スキーは無理です。
 2017年、この年は雪は特別多いわけではありませんでしたが、目的のピステにはたっぷりの雪がありました。
 田代林道から延々3時間歩き、さらに1192(丸倉山)までも2時間弱。その東大斜面を滑走し、1時間の登り返し。
 山スキー好きな知り合いのお客さんに、良い斜面がありますよ!と、話すと、一度は食い付きを見せるのですが、長い田代林道の往復はテレマーカー以外はきついはずで、即行難色を示していただきました( ´艸`)。そういう、いきさつの斜面ですから、行くのは私たち(小千谷М氏)だけでした。
 ここで、画質は最悪ですが、滑りの動画を何点か撮っています。
画質は普通のデジカメ撮影なので、最悪ですが、深山の隠れ斜面という事でいい味が出ているかと思います。

 

スキー雑談③ 他

 昨日は先週伐木したブナの玉切り作業でした。チェーンソー仕事は好きなのですが、玉切り作業は地味ですし、直径も細物が多く、ひたすら忍耐の作業でした。体もあちこち痛み、機敏には動けません。晴れてはいましたが、風もあり、気持ちの良い一人作業とは言えませんでしたね。
                             
                            ※

スキーについて、技術的なことなど先月から書き綴ってきました。アルペン編、テレマーク編とトータル40回に渡り掲載を続けてきており、すべて書き尽くしてきたわけではありませんが、主に初級・中級レベルを主体とした内容を書き綴ってまいりました。細かい点や、実際の滑りについてはなかなか文章であらわすことはできませんが、今までの中で質問や、言っている意味が解らないとなど、不都合な部分などがありましたら、お気軽にメールやコメント欄にお書きいただければ返信いたします。
 ここ数日前から、堅苦しい話を終え、スキー雑談としていろいろと私の過去の山行や、お気に入りの動画などをここで公開していきたいと思っています。
本日は、上記の記録を載せました。2007年正月からテレマークスキーをはじめ、このスキー山行は数回目だったと記憶しております。相棒のシロともに、黒姫を目指したものです。
 雪はしっかりと締った雪で、滑走性も良く楽しめた日でした。ただ、アルペンスキーの癖が残っていて、思わずアルペンターンから入ってしまい、滑走中に「あれっ?どっちの足が前に出るんだっけ(-_-;)」といった具合で、ターンしながら首をかしげていた記憶があります。しかし、途中でリズムに乗り、嬌声を発しながら滑走した記憶があります。
 やはりスキーでの山旅は、登ってよし、滑って良しが満たされないと完結しませんね。

スキー雑談②

 昨日は新雪が約10cm以上降り、雪を除けながらの作業でした。
 15日の早坂滑走で、吹き越しの凸凹が良く見えず滑走し、腰に衝撃があり少し痛みます。若い頃は、腰が痛むことなど皆無でしたので、その分酷使し過ぎたんでしょうか。

 この年も雪はたっぷり残っていましたが、袴腰~烏帽子山鞍部に板をデポし、スキーブーツでの藪漕ぎで烏帽子山を踏みました。この鞍部から烏帽子山にかけての稜線は、多雪年度でも雪が着き難いところでした。
 この日の烏帽子山は幾日か前のスキーのトレースが見られ、おそらく破間川源頭を詰めて烏帽子直下までスキーシールで登行したのでしょうか。そういった記憶もよみがえってきました、そう言えば。
 この山行では、烏帽子山に到達することがメインテーマでしたので、スキーはあくまでも手段として用いた唯一の日でした。これにより、駒の神付近から袴腰→烏帽子間の鞍部までを大幅に時間短縮できた気がします。

その他&テレマークスキー⑰ 新シリーズ「スキー雑談①」

 昨日は勤務仕事で、この間伐採したブナ木の玉切り作業でしたが、雪が猛烈に降ってきたので途中で撤退。他の雑務をし、AMで帰宅しました。
午後がちょっとグダグダし、カモシカ調査報告書のまとめ作業を午後8時過ぎまで実施し、ようやく終了。先ほど、大きなポストが近くに無いので旧入広瀬まで行って投函してきました。

さて、テレマークスキー⑰と銘打ってタイトリングしましたが、アルペンスキーと被る部分が多々あるので、ネタはもうないです。個人的に試してみたい、あるいは練習してみたい部分は多々ありますが、ギアの適性もありますので、難しいところです。

ネタ切れにつき、今日から新シリーズとして、スキー雑談①、から新たにスキーの話を開始していきたいと思います。まぁ、年は食ってますので、いろいろなスキー経験をしてますし、ネタはそそこございます。

本日よりしばらく懐かしの 山行きを掻い摘んで表示してみたいと思います。これは2000年4月ですからもう20年前の記録ですね。山スキーを持っていなく、普通のスキー板を持って小出のマルセスポーツ持って行ったら、面白い金具をつけてくれたのです。社長さんが、こんなのがあるからつけてやるというのでつけてもらった金具です。普通のディアミールのようにパコっと踵が上がるわけではなく、10cmくらいしか上がらない奇妙な金具でした。最初のシール登行がそれでしたね。あれはいったい何だったんだろう?と思います。そんな不便な道具にも関わらず、まだ40代前半だった私の体力は今よりあったので、そこそこのコースタイムで登れていたのですね。

テレマークスキー⑯(3/15浅草岳早坂尾根滑走)

 昨日は、ホテル跡から林道を桜曽根まで行き、状況が良ければそのまま浅草岳へ向かう予定でした。しかし、エコミュージアム入り口付近先の県道終点から眺める桜曽根はあまりに遠く見え、急遽早坂尾根へと向かってみることにしました。なお、 細かい内容はサイトにありますので画像と共にご覧ください。

本日のテレマークスキー考⑯は、昨日の滑走について書いてみます。
山頂から大三本沢源頭近くまでは、凍ったアイスバーンでした。こういうところの滑走はとにかくコントロールを重視する必要があり、ターン始動期には前足の迎え角を十分にとり、少し極端なくらい外向を意識します。無意識にターンしてしまうと腰が回りやすいアイスバーンですから、適切に雪を押しずらす必要があるので外向過多なくらい上半身をセットします。
 アイスバーンが徐々になくなると、今度はスカブラ状になった締った雪がクラストを形成していました。ただ、この程度なら板はかき分けてくれますが、ターン始動期には前足で探りを入れるように始動していきます。
 大三本沢の源頭を過ぎると大変滑りやすい、プチパウダーで滑走性も良く楽しく滑りました。雪が少ないので灌木が多く、あまり滑走ラインは自由にとれませんが、それでも楽しめました。 
 技術的に注意したことは、切り替え時に中間ポジションで腰の下に板が来るようにし、ターンはすべて脚の伸展によるものとしました。これを意識すると、幾分脚の疲労が軽減できる気がします。
 早坂尾根での楽しめる滑走は此処までという山スキーヤーが多いですが、この長い平地もまた楽しいものです。平地が終わると下の清水沢への下降となりますが、これはそこそこ変化があり、急な斜面もあります。ここでは、しっかりスキーを振り、ターン後半のマキシマムをしっかり意識してその反動で次のターンへと入るように心がけました。ところどころの灌木がなければもっと痛快に滑走できるのにと、少し残念な気もなりましたが、でもまぁ結構楽しませていただきました。
 下清水沢が開いているので、その隣のピークから程よいランが可能な所を探して滑走を試みますが、朝の厚いクラストが半解けでしかも中のザラメはグダグダ。なおかつ表面はストップスノー気味で、まるで蟻地獄のように板を取られます。
 私の板はカービングで曲がりやすい特性はありますが、センターが80mm以下なので、とにかく埋まります。条件がさほど悪くない上部では問題ありませんが、気温が高い下の方は不利だと思い知りました。来年はセンター100mm程度にしないとですね。

雑感&テレマークスキー⑮

 昨日は、所用を足しに妻と出かけてきました。所用と言っても私の用事に付き合わせたという感じでしょうか。
 小出で数時間の長い用事を足し、久々に17号で長岡方面へ。一週前にシールに張替えをPさんにお願いしておいたのですが、3年ほど前のコールテックスの機種はもう期限切れらしく、S氏がわざわざ洗っておいてくれておりまして、代金代わりに長年使いこんだニット帽の代わりを買ってきました。来年は、いよいよ立場上NTNセットを揃えないといけないかなと思っています。 
 帰りは栃尾を通ってきましたが、ヒメオドリコソウも見られ、チョウジザクラも開花していました。また、ウコギの新緑もところどころ見られ、春の到来を感じました。


昨日からテレマークスキーの不整地という事でお話を進めさせていただいております。 
 今回は、テレマークコブの基本的な滑り方をについて書かせていただきます。
 昨今は、ほぼラインコブが多くなってきており、おのずと小回りターンで滑走せざるを得ない状態です。ですが、現実的に存在するコブラインはほとんどがアルペンスタイルのスキーヤーが主ですから、レベルが高くなればなるほどピッチが細かくなるパターンが往々にして見られます。周知のとおり、テレマークスキーは切り替えの時、前後のスキーの入れ替えを行う必要があり、エッヂ切り替えに時間がかかります。ですから、あまり小さすぎるピッチはテレモーグルなどをやられている方クラスでないと無理だと思います。よって、なるべくピッチの広いラインコブか、天然コブラインのある斜面があれば一番いいです。
 アルペンスキーのコーナーでも書かせていただきましたが、テレマークスキーでも動きは同じで、膝を抱え込みながらストックを突き、コブの腹でスキー板を溝に向かって伸ばしていくというスタイルです。腹で如何に板をずらしてスピードを殺すことができるかですね。そこでしっかりとスピードを制御できれば、次のターンも余裕をもった中で入れるかと思います。 
 コブを滑るときの抱え込み切り替えは、いろんな斜面での応用も可能で、マスターして損はないと思います。

テレマークスキー⑭  その他

 ブナ林間伐のイベントがトータル3日間行われ、伐採やその他の準備で結構疲労困憊し、昨日は割とよく寝ました。途中、GACKTの歌の時になぜか覚醒し、その歌の後は再び眠りに落ちました。

 カモシカ調査も大分期限が押し詰まってきまして、そろそろカモシカ山行の締めを行わないといけないという危機感を募らせていますが、明日が最終調査日かなと思っています。
 明日は、一応、カモシカ調査王道の白崩沢右岸をめぐり、桜曽根まで林道を歩き、そこから夏道の桜曽根コースを登って浅草へと考えています。帰りは滑って通常の白崩沢有雪期ルートを滑走予定です。ただ、杉の植林地内の雪がどの程度かと。あんまり柴が多いようだと、ずーと林道歩きになるかもしれませんね。




⑭から、テレマークスキー不整地滑走についてのお話をさせていただきたいと思います。
 整地されたスキー場などでテレマークスキーあるいはなんちゃってテレをやっても、さほど破錠なく滑れます。ですが、荒れたり、起伏があったりする場合は、今まで説明してきたようにしっかりとした後ろ足荷重が求められます。そして、ある程度伸展筋による脚の伸ばしによってターンを構成してくのが良いと私は思います。すなわち、テレマーク初級レベルで練習してきた動きとほぼ逆のリズムですね。
 初級や初歩レベルでは、プルークボーゲンでも説明したようにターン前半を伸ばしによって始動し、曲げで終わるというものです。中級レベルになってくると、より難しい場面に入っていくわけですが、ターン初期を伸ばしによって抜重的な動きになってしまうと、不安定になりスキーの抑えが利きにくくなります。加えて、テレマークターンのエッヂの切り替えは前後のスキーを入れ替える作業があり、アルペンターンよりも不安定な局面となります。よって、不整地や荒れた斜面を滑走する際には、切り替えを曲げながら行う意識が必要になります。いわゆるベンディングですね。そして切り替え後、脚の伸ばしによって側圧を捉えていくという動きになります。ただ、これは極端に言い表したものであり、実際には上下動をやや抑えた中間姿勢からの脚の動きという事になろうかと思います。
 たとえば、某山岳では山スキーヤーがごった返し、数々のシュプールが入り乱れ、大変滑走し難い状況だとか。
 スキー場の圧雪車のミルの跡が付いたような整地斜面で、ターン前半力を抜いて気持ちよく滑れたりしますが、前者のような状況でこのような滑りをするとまず倒されてしまうと思います。そういう場合は、ワンターンを始動期から切り替え迄のスパンで考えるのではなく、フォールラインからフォールラインまでをワンターンとして考えるのが良いでしょう。特にバランスを崩しやすい、切り替え時期を慎重に行い、脚の伸展時期をリラックスして雪面を押していくというイメージです。


次回も不整地コーナーを続けます。

雑感&テレマークスキー⑬

 昨日は勤務仕事で終日チェーンソーを使ってまして、かなり疲れました。また、同僚の掛かり木を処理したりと、何かとバタバタした1日で腹の減り具合もマックスでした。また、足場の悪い中での伐木で、腰が痛くなっています。しかし、怪我もなく終わり、今日は2日目ですがトラブル無きよう全うできればと思っています。

昨日のテレマークスキー⑫で、小回りの話を始めたのですが、ほぼ体験談に終わってしまいましたので今日はしっかりと書いていきたいと思います。
 ⑫では、ターンマキシマムを内足(後ろ足)でしっかり足場を作り、その足でそのまま次のターンに入っていく、といったことを話しました。ただ、ターン後半に、完全に、あるいはかなりの確率で後ろ足を踏んでしまうと、なかなか後ろ足を機敏に次のターンへ返すことが難しくなります。
よって、ターン後半に後ろ足荷重を強めつつ、前足で足場を作りながら切り替えをしていくという事になろうかと思います。つまり、ターン後半の後ろ足荷重は→そのまま後ろ足を踏みつけつつ前足で足場も作る→両スキーがフラット(切り替えとクロスオーバーの局面)→最初の後ろ足が次のターンの前足となる→スキーの理想軌跡に対し前足のトップで迎え角を作る、といった繰り返しになろうかと思います。以上がターンにおける過重の一般論となります。もちろん、状況に応じ、ターン後半に両足過重になる場合もあれば、前足だけになる場合もあります。
 次に小回りターンの練習方法をいくつか紹介します。
 いわゆる、開いて閉じる・開いて閉じる、といったシュテムを用いた小回りをやってみます。この場合、脚の伸縮を用いて行うとよいかと思います。開きながら脚を伸ばし、引き寄せながら曲げる。この曲げの動作の時にテレマークポジションを取ります。ターンマキシマムから前足で足場を作り、次のターンのシュテム動作を作り出していきます。このシュテムから、徐々に次の前足への乗り移りを積極的に行う事で、スムーズな回しこみのある丸い弧の小回りターンの良い練習となるでしょう。
 アルペンターンで小回りに近い動きができる方であれば、整地された安全な斜面を利用し、アルペンターンでの小回りをまずやってみることでより感覚が掴みやすいと思います。アルペンターンに限らず、小回りの基礎的な動きは、両スキーでターン内側に迎え角を作り、スキーをある程度振る→振ったスキーに圧力を加え、ターンを終わらせる→両スキーの角付けが外され切り替えの局面を迎える。といったシンプルな流れで成り立っています。これをさらにスキーの向きで言い換えると、斜面に対して横向き→斜面に向かって真っすぐ→逆方向に向かってスキーを横向き。横→縦→横(逆方向)、といったイメージに置き換えることもできるかと思います。
 アルペンターンの小回りでリズムを掴み、フォールラインからターンマキシマムまでをテレマークポジションで行ってみる。など、基本的な小回りターンの練習になるのではないでしょうか。
 アルペンスキーのコーナーでも書いたと思いますが、あとはやはり上体の外向ですね。特に、上体と下肢の逆ひねりと捻り戻しによる切り替えができないと次のターンに入りにくくなってしまいます。この練習方法として一般的なものを紹介しておきます。ストックを2本両手に持って前に出し、なるべくストックが左右にぶれないよう小回りを行います。ここでどんなことを意識するかというと、どういう風に体をひねればスキーがすんなり回ってくれるか?という自分の体に問いかけを行うことが大切かと思います。つまりここで難しいのは、ターンしました→次のターンにすぐ入らないといけません→どうやったら次のスキーを早く振ることができるのか?という事です。スキーは振ってしまえば、あとは荷重するだけですからさほど難しいものではありません。
 今のこの捻り戻しにはもう一つコツがあります。それは、スキーの落下ですね。スキーは斜面の下に向かい、引力によって落下していきますから、当然体もそれについていかないといけません。つまり、ターンマキシマムで捻られた下肢を次のターンへ戻しに行く際、腰がそのままの位置ではなく前方へと移動しないと戻しの効果が半減します。スキーは動くけれども、体がついていかないとスキーは操作の範疇から外れてしまいます。
 ただしかし、最初はそこまで求める必要はなく、2本のスキーを同時に左右に振る。滑走者が時計の6時の位置にいるとすれば、右ターンは8時、左ターンは4時くらいを目標にスキーを振ることを意識すればよいと思います。最初は緩い斜面からの5時、7時くらいを目標に、アイスバーンや30度以上の斜面では3時9時とか(ちょっと極端ですが、実際のBCではよくあることです)。
 などなど、適当に説明してみました。なにかあればコメントいただればと思います。

もっとラフな書き込みをする予定でしたが、つらつらと持論を展開してしまいました。次回からはテレマークよもやま話的な感じで進めていきたいと思います。

雑感&テレマークスキー⑫

 夜、うっすらと雪が降ったようで、軽く雪化粧をした朝を迎えています。
 もう一個のSNSにも書きましたが、一昨日の夜、幻聴だったのか?と疑うカエルの声を聴きました。南魚沼市の方がやはりカエルの声を聴いたとの記録があり、幻聴ではなかったのだと改めて思いました。 
 数日前の山林整備事業の下見で雪原を歩いていた時もイノシシの足跡がありましたし、いろんな部分での変化を認めざるを得ないようです。
 しかし、按ずるまでもなく、あらゆる現象は収束に向かい、色んな意味で好転するのではないだろうか?と期待するしかないと思っています。


今日のテレマークスキー考は小回りについて少し書いていきたいと思います。
 私とテレ小回りの出会いは厳しい出会いでした。まず、どうやって小さく曲がればよいのかわからないという、極シンプルなものでした。なので、現実的には、この小回りの仕方が解らず、ずっと数年間BCにも出ることもなく、テレマークスキーを始めていながらアルペンスキーを主流にしてきた時期がありました。もちろんまるでできなかったわけではなく、テレマークスキー初年度の春、いきなりМ氏から越駒に連れて行ってもらい、滑走の後半に悪雪のツリーランをするところがあったのですが、そこは何とかジャンピングテレで細かく回ったのを記憶しております。ただ、一般的なスムーズな小回りの仕方が解らず、ずっと悩む時期が続きました。
 いわゆる、噛み合えば問題なく小回りができるレベルだったのですが、2010のテレマークスキー指導員検定1回目受検での小回りはかなり硬いバーン設定でした。最初の何ターンかはテレマークターンでこなしたのですが、次の小さな起伏でリズムが乱れ、何ターンか連続でアルペンターンで対処。その後は何とか戻してテレマークターンで滑走したのですが、割とスピードオーバーになってゴール。合格点は出なかっただろうな、という自覚もあったのですが、やはり✖となってしまいました。 
 次年度受験も、その会場で試験が行われ、その事前講習会でもなかなか小回りのタイミングをつかめずにいました。ここでの講師のアドバイスは、ターンマキシマムで大回りのように後ろ足を踏みつけながら次のターンに入るというものでした。今までの私のテレマークターン小回りはアルペンスキーのように外スキー荷重を強めてから次のターンに入っていた傾向にあり、テレマーク姿勢というものがバランスよくとれていなく、その結果、前後の開きだけに意識がいき過ぎ、ホールドが甘くなっていたのでしょう。
 以降、その意識で滑走すると破城がなくターンできたと記憶しております。
 2011の震災でテレマーク指導員検定は中止となり、その後私のテレマークスキーへのモチベーションは下がっていたのですが、コブ斜面練習や、BC浅草岳ツアーでの滑走などで再びテレマーク熱が高まったのでした。小回りターンもあまり納得はしてませんでしたが、なんとか普通にこなせるレベルになりました。
 最終的に、これが小回りのコツだろう、と自身の中で決定づけられたのは、2017のテレマークスキー指導員検定の数日前、大原スキー場の営業時間が終わってからの練習でした。何本も登り返しながら、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言いながらの練習でした。あいかわらず、決定的なコントトロール性のある小回りがつかめず、試行錯誤の連続でした。
 ふと、何かの拍子に後ろ足の踏み付けを極端に強めた瞬間、極めてスムーズに次のターンに入ることができ、捻り戻しのタイミングが造作もなく出来たことがありました。以降、小回りターンの急斜面や固い斜面でもコントールしたターンが可能になってきたという経緯がありました。
 という事で、今日は自分の話に終始してしまいました。

テレマークスキー⑪

 今日のテーマは、テレマークスキーの外向外傾について書いていきます。
 昨今、板幅がワイドな傾向になってきていたり、幾分ロッカー形状になっていたりと、新雪や、湿雪にも対応できる板が主流となってきているようです。板幅が広くなることによるメリットは、両膝が離れているので、細かい動きやスキーターンに入る迎え角が作り易かったりと、利点は大いにあろうかと思います。BCでは、クライミングスキンで登行する場合も軽い雪では板の沈みを防ぎ、滑走の際も浮力もあり、バンクを得やすくターンし易いなどの利点があろうかと思います。こういう状況の中で外向外傾は特に意識しなくてもスキーはターンしてくれますし、むしろ外向外傾は無用の長物になるかもしれません。しかし、一般ゲレンデや、BCでの固い雪など、スピードコントロールが必要になった場合は、やはり外向外傾は必要だと私は思います。
 テレマークターンの初歩過程では、体ごと回ってもさほど問題ではないのですが、条件が難しくなればなるほど外向外傾の体の逆ひねりは大切になってきます。特に、テレマークスキーは踵がフリーになっているため、小指球側でエッヂを捉える必要があるため、アルペンスキーに較べるとエッヂングがどうしても弱めになってしまいます。よって、コントロール(制御)するような状況では、より外向外傾を意識することが求められます。 
 私事で恐縮ですが、2010年度指導員受験に際し、須原でトレーニングをしていたころがありました。その日は曇り空の気温が下がったままのほぼアイスバーン状態でした。外向外傾ができにくい苦手な左ターンで、ズルっとターンがずれて腰が回ってしまっていました。外向外傾はそこそこ意識しているのですが、やはり腰が回ってしまうのです。いろいろ試行錯誤して解ったのは、左ターンの際に内足と外足の前後差が一方のターンより小さめだったのです。これにより、外向外傾が甘くなってしまい腰が回ってしまっていたのです。このように、硬いバーンや難斜面では、前後スタンスをいつも以上に少し広めにとってやることで、適切な外向外傾姿勢が維持されることがあります。もちろん、ほんのわずかですが、苦手なターンの際には、見た目にはわからないほどの、極僅かな外側への外向を意識する必要があろうかと思います。 
 これらの外向外傾のイメージは、以前触れましたプルークボーゲンの体の使い方を意識することが大切です。

アルペン板でもテレマーク板でも用具は進化しています。よって技術も変わってきました。ですから外向外傾も昔に較べるとオーバーではなくなっていますが、スキー人口の減少の影響で空いたゲレンデや性能の良くなったピステンなど、という事もあり、ターンの高速化現象に拍車がかかっています。これはゲレンデに限らず、BCでもより高速で滑走したり、より急斜面に挑んだりする傾向にあるようです。そういう懸念から、SAJの指導員研修会では横滑り系からパラレルターンへの発展カリキュラムを取り入れたりしているようです。
 TAJではどうか?という事ですが、私が受験合格した年度は2年前ですが、当時も基本的な外向外傾というのは必須でしたから、今でもそういった芯は変わりがないと思っています。
 そういう流れとは別に、個々がどこまで正対でどこまで内傾するか?というテーマは持ち続ける必要があり、それぞれが引き出しを多く持つことで自己流を含めた実践技術が組み立てられ、それぞれの斜面を攻略することができるようになるのでしょう。ただし、あくまでも普遍的なものはいつの時代でも変わらないという事になろうかと私は思っています。
 以上、何かあればコメントいただければと思います。

テレマークスキー⑩

昨日は、カモシカ調査ではなく、勤務仕事の関係で半日強山歩きをしてきました。良い天気で、かなり汗をかきました。
 雪は腐り、こんな雪質の時は太い板が良いんでしょうね。理想であれば、その場その場に応じ、適正なギアを調達し使いこなすことができればいいのですが、すべて上から下まで同一の条件ではありませんから、難しいですね。
 自分は、テレマーク板は2本ありますが、ほぼ同じ太さです。よって、有るものを使って、技術の引き出しを広げていくしかないかなと思っています。

平地では、ムクドリもやってきていました。
破間川ダムの湖面には、オシドリの群れと、キンクロハジロが居ました。長閑な昼下がりで、早めの移動でも考えているのでしょうか。



前回はテレマークターンの初歩的なものからテレマークターン基本形の話をさせていただきました。
 今日は、テレマークターンを解体し、それぞれの外足、内足の使い方などを書いていきたいと思います。
 テレマークターンの基本形で、ターン後半内スキーの踏み付けを強め、ストックを突き、そのまま内スキーを踏みつけながら次のターンへと入っていきます。結果的にそこで外スキーと内スキーの入れ替えが行われますが、あまり次の内スキーの圧を早く使うのではなく、ニュートラルなポジションの時間をたっぷりとり、フォールライン手前あたりから内スキー荷重を強めていきます。ですから、ターン開始は外スキーで入り、徐々に内スキー荷重を強めていきます。
 荒れた斜面や、少し起伏のある斜面などでは外スキーで探りを入れ、なるべく早く内スキーに荷重を加えるとよいでしょう。

次回は、外向外傾姿勢の必要性と必要でない場合などについて書いていきたいと思います。

カモシカ調査 他&テレマークスキー⑨

 朝、お客様の朝食準備を済ませ、天気も曇り気味でしたがカモシカ調査へと向かいました。
 場所は大原スキー場跡左側方面で、プチテレツアーでよく行くところの途中まで。相変わらず雪は少ないですが、それでも多いところはそこそこあります。
 カモシカの足跡を発見し、沢筋をうろうろした痕があったので何を食べているのか観察しに行ってみました。一か所目はチシマザサの葉でした。
普通、今の時期には食べることができませんが、この小雪で食べることができているようです。次の痕跡は、樹木のミズキの小枝部分含めた冬芽を食べた痕跡がありました。ミズキの木は柔らかいので食べやすいのでしょうか?ただ、この木はイマイチ私は匂いがきついので好きではありませんが。
 どうせカモシカは見ることができないし、ちょっと一息入れようと足を止めると、大雲沢から穴沢地区に向かう農業用水路トンネルの平地畑ピークにカモシカが立っていました。
 そこで軽く食事を摂りつつ、眺めながら観察し、形状やツノの状態、色などをメモしました。専門的な望遠鏡などを所持している方々は、もっと詳しく観察できるのですが、私の手持ちの10倍双眼鏡では無理です。
 観察中に、杉の花芽を食べにシジュカラ、エナガ、カワラヒワなどの群れもたくさんいて、とても賑やかでした。


テレマークスキーに限らず、アルペンターンでもプルークボーゲンの練習はとても良い練習方法の一つです。しかし、私本人もそうなのですが、あまりやりません。本来であれば、まず一本、途中で止まり止まりしながら基本練習を行い、実践的な練習に入るのが良いのでしょう。
 今回、テレマークスキー上達に関わるプルークボーゲンは、適度な外向傾姿勢と、脚の曲げ伸ばし、外スキーへの初歩的なずらしによる荷重移動。このようなことがメイン練習となります。あまり、弧を描くことを意識せず、斜め横に向かって体ごとズレ落ちていく感覚を身に着けることにより、オーソドックスな荷重移動のタイミングと上半身と下半身の逆ひねりを学ぶことができます。この初歩的なプルークボーゲンを基礎とすることにより、ターンのメカニズムを知ることができます。ただ、プルークボーゲンとテレマークターンは別なものであり、プルークスタンスからテレマークスタンスへの移行という部分では無理があります。ですから、テレマークターンにおいてのプルークボーゲンの立ち位置は、あくまでも外スキー荷重のタイミング・外向外傾など、体の使い方のチェックになろうかと思っています。
 とかく、一般的なイメージはアルペンスキーとテレマークスキーは相反するものというイメージがありますが、その根底には元は皆プループスタンスから始まったと言われています。極端に言うと、正しいプルークボーゲンをマスターすれば、よいテレマークターン、あるいはよいアルペンターンが可能だという事です。 次回は、「テレマークターンの解体」について書いてみたいと思います。

なにかありましたら、またコメントいただければと思います。

テレマークスキー⑧

 昨日は緩い斜面で初歩的なテレマークターンの練習をイメージし、書いてみました。今日は、そこから少し発展させた、テレマークターンの基本形という段階までやっていきます。
 一つ目にイメージすることは、ターンを行いながら荷重を加えるという事、つまり脚の曲げ動作の動きです。そこから今度は次のターンに行くわけですが、その時は脚を伸ばしながら入っていくというイメージとなります。曲げと伸ばしの時間的なイメージは、曲げ時間を長く取れば、大きめのターンになります。
 二つ目のイメージは、ストックワークの連動です。曲げながらターンを行う際に、ストックを構えながら行いましょう。具体的に説明します。たとえば、右ターンから左ターンに行く場合で説明します。さらに詳しく言うと、右ターンは左足が外足(前足)、右足が内足(後ろ足)となります。脚を曲げながら体重をかけ、右方向に曲がっていきますが、その時に左手のストックワークを意識し構えながらターンします。ストックを突くタイミングは、個々で違うので何とも言えませんが、スキーヤーがターンをし、もっとも圧力が加わった時(ターンのマキシマム)から、次のターンに行きながらストックを突く、というタイミングになろうかと思います。
 三つ目のイメージは、二つ目のイメージでストックを突くタイミングを説明しましたが、一つ目のターンで最終的に踏みつけている足は右内足となります(後ろ足です)。その右足を踏みつけながら、今度はその足でそのまま伸ばす動作にはいっていきます。つまり、ストックを突くタイミングも右足に体重を移動させ伸ばし始めると同時に突くといったタイミングになろうかと思います。もちろん、個人的な差異があるので、一概にストックを突くタイミングはこうでなければならないというのはありませんがおおむねそんな感じで突いていきます。
 四つ目のイメージは、以前説明させていただいた横滑り系の技術をここで使っていきます。つまり外向外傾の姿勢を意識するという事です。
 上半身の外向きを保つことで、スキーは横ずれを起こし、より安全に滑走可能となります。この外向外傾姿勢が、昨日説明させていただいた、ごく初歩的なテレマークターンとの違いとなります。このテレマークターン基本形では体の外向外傾と脚の伸展、荷重ポイント、ストックワークをある程度把握していただくことが大切かと思います。これがある程度できれば、およその斜面でも対応できるからです。
 次回は、ちょっと戻って巧くなるための超地味連(テレマークスキーでもプルークボーゲンはとても大切!みたいなお話)を書いてみます。

天気いいみたいですね。&テレマークスキーポイントレッスン⑦

 天気良さそうですね。なんだかそわそわしてしまいますが、今日は封印して仕事します。
 そう言えば、もう大分前からカワラヒワを見かけていましたが、ずいぶんやってくるのが早いようです。カワラヒワは渡り鳥ではなかったと記憶していますが、冬は雪のない方へ移動するタイプの野鳥だったと思います。
 そう言えばムクドリもやってきてもいいはずの季節になりましたが、彼らは未だのようです。雪が少ないとはいえ、生き物たちはある程度の気温にならないと本格的な活動をしないのでしょうね。


テレマークスキー編に入って、もう7回目となりました。
 昨日、最後の方で書きましたが、今日は初歩のテレマークターン過程をお伝えしていきます。
 まず、何回か目の回で説明したように、テレマーク姿勢で斜め前方に横滑りができるようになり、それを左右できるようになれば、テレマークターンの初歩的なものになるといったことをお伝えしてきました。ただ、別な方向に行く場合に、谷まわりからフォールラインに落ちていくなどが難しく、アルペンスキーを相当経験された方でないと出来ない場合があります。
 今回は、なるべく緩い平滑な斜面を利用し、谷まわりを意識する必要のない浅回りターンの練習を試みていきます。
 まず、直滑降をテレマーク姿勢で行います。次に上下運動しながら脚の入れ替えを行います。しっかりと後ろ足を踏めていることを確認しながら行ってください。次に、ほんのわずかに前足はインサイド側、後ろ足側はアウトサイド側を意識し、体重を落としこみます。ラフに体の重みを板に預けるといった感じで構いません。ここでほんのわずかにスキー板が曲線を描きはじめればそれでまずはOKとなります。あまり深く回し過ぎないようにします。このまわし過ぎというのは、板に圧を加える時間を多くしないということになろうかと思います。
 ある程度、曲がってきたらそこで板に対しプレッシャーをゆるめます。板への圧を脚を伸ばしながら緩める同時に、脚の前後入れ替えを行い、板は再びフォールライン方向へと向いていきます。再び今度は逆の方向へとターンしていきます。
 この段階では、まだ外向傾は意識する必要はありません。ある程度、体ごとターン方向へと向いていたとしても、それはそれでOKです。まずは、脚を入れ替えて、逆方向へ曲がっていくという動作の連続を意識してください。
 脚の入れ替えという技をマスターすれば、アルペンパラレルターンより早くテレマークターンが可能かもしれません。

明日は、ベーシックテレマークターンの練習をしていきます。 

もう3/6&テレマークスキーワンポイント⑥

 昨日から今日にかけて、降雪がある程度予想されていましたが、大したことはありませんでした。
 昨日は、その前の残務仕事や書類関係の雑務をしつつ、暢気に過ごしました。カモシカ調査にもまだ出る必要があるのですが、昨日の天気では無理でした。


今日は、テレマークスキーのスタンスと姿勢&時間があれば初歩的なテレマークターンに付いて書いていきます。
テレマークスキーレースにおいては、ブーツ1個分の前後スタンスがターン中に規定されていたのではないかと記憶しています。もちろん、私たち一般テレマーカーはそのような規制はありませんから、条件に応じ、スタンス0から目いっぱい開き切るまでの範囲となろうかと思います。
前後スタンスが0の時が、一番強いパワーを発揮できますが、バランスの難易度は一番高くなります。スタンスを広げれば広げるほど、バランスは良くなりますが、逆にエッヂングが弱くなり、筋力的な負荷も大きくなりますね。
 一般的に言われている、あるいは自分でも心掛けている基本的前後スタンスはブーツ半分です。実際のターン中には、ブーツ2個分くらいにまでなる事は普通にありますが、それ以上開くことは稀ですね。
 足裏の意識としては、テレマークを意識し過ぎると、爪先に近い部分に荷重するというイメージがありますが、バックルをあまり締め過ぎないレベルで土踏まずから爪先の全体を踏む感じを意識した方が良いかと思います。結果としては、母指球から爪先までという感じになろうかと思いますが、あくまでも前後スライドさせた結果、「止む無く踵があがる」、というイメージを持つことが大切かと思います。
 以前、ソウルスライドというテレマークスキー雑誌(今でもあるかどいうかは不明)があり、付録にDVDが付いていたのですが、その中で餌取氏のパウダー動画のコーナーがあったのです。新雪のトレーニングとして、餌取氏推奨のバックルを緩くし、バスケのシュートをイメージするとよいでしょう!みたいな言い方をされていましたが、あれは割といいイメージだったのを記憶しています。たしかに、あれをイメージすると後ろ足の適度な荷重をしないといけませんし、イメトレにはいいトレーニングだと感じました。
 私の話でまたまた恐縮ですが、21から本格的に基礎スキーに取り組み、すでに40年もどっぷりと基礎業界に居ますが、テレマークスキーを学び始めたのは、49でした。ですから13年目でしょうか。
 長くやっていたジャンルはアルペンスキーです。基本姿勢は前傾姿勢というもので、今では突っ込みどころはまさに全開ですが、昔は突っ込め!とか、前に、前に!などと言われていた時代がありました。
 2007年からテレマークスキーを始めたころ、冬は湯沢高原に教育旅行のイントラでよく頼まれて行ってましたが、イントラ業務が終わった後テレ練習をしたものでした。やはり、長くアルペンスキーをやっていたので、前傾姿勢が癖になっていて、前乗り過多でよく前転しまくりました。あんまり豪快に転んで、金具が外れたこともありましたね。このため、テレマークではアルペンポジションよりもほんの少し背骨を起こしたフォームを意識して滑りました。アルペンターンの経歴の長い方がテレマークスキーを行う場合は、このように体を幾分起こし気味にするとよいでしょう。
 ということで今日は長くなってしまいましたので、初歩的なテレマークターンはまた次回にいたします。

なにかありましたら、お気軽にコメントいただければと思います。
 ps:昨日、ひさびさに「ゆきむし2002」(昔のビデオ)を見ましたが、石木田さん、鈴木さん、阿久津さんなど巧いですね。基礎スキーの動画は、勉強のために見ますが、テレの動画は勉強になるし何よりも面白いです。

テレマークスキーワンポイント⑤ 他(自己流スキーは自分の引き出し)

 昨日は終日家に篭り、厨房仕事や掃除をしておりました。久々の家業でした。これからどんどん仕事ができると良いのですが。
 作業が一段落したので、残り物をもって平井宅に訪問しました。今年は家にいることが多く、薪をたくさん燃やしたので、在庫が少なくなってしまったとのことでした。
暇なうちに、雪も少ないので、薪を調達しに行かなくては、などと言ってましたね。  
 私は今日明日あたりに、家業の書類関係やカモシカ調査の関係などの確認を行いたいと思っています。


昨日のテレマークスキーワンポイントレッスンの最後で少し触れましたが、自己流の方の陥りやすいテレマークスキーの事を少し書いてみたいと思います。
 一つは、前乗りですね。前足乗りと言った方がいいでしょうか。以前、大原に来ていた方にそんな方がいて、黙々と練習をやっているのですが、ずっと前乗りのまま練習をされていました。
 テレマークスキーを初めて扱う方に多いのは、「テレマークスキーは踵を上げなければならない」という暗黙のルールに縛られるからだと思います。よって、取りあえず踵を上げるべきだという先入観でいっぱいになり、前足過重でバランスを取るという結果になるのだと思います。
 テレマークスキーはヒールフリーではありますが、基本的には踵をつけて滑っても何ら問題はありません。整地された斜面であれば、アルペンターンができる方であれば、踵を上げなくても滑れるでしょう。しかし、条件が悪くなるとアルペンターンでは対応できなくなります。そこで、前後のスタンスを取り、バランス保持に勤めた結果として、踵がフリーですから、フリーな部分が上がってしまうという現象に過ぎません。
 アルペンスキーポジションで横滑りを行い、その重心を動かさずに両スキーを前後にスライドさせてみるとよいでしょう。アルペンポジションで重心がほぼ一点(一点というとちょっと語弊がありますが、テレマークスキーと比較してという意です)だったものが、前後に分散し、バランスが保持できます。その結果、形態として後ろ足の踵が浮いている、という状態を確認できるでしょう。なおその時、後ろ足の過重点は小指側の小指球に辺りになっていることを確認してください。この横滑りを左右できれば、初歩的なテレマークターンになります。
 あと、陥りやすい形態としては、やはり後ろ足を曲げ過ぎる方が多い気がします。当然曲げが深くなればなるほど、次のターン動作が遅れ気味になりますし、こと、小回りターンでは次のターンきっかけが遅くなるので、結果、上体を振り込んでしまうという結果にもなりかねません。


上のレッスン内容の冒頭で、「自己流云々」という事を書きましたが、自己流そのものは悪ではなく、むしろ逆だと思っています。1スキーヤーが、たとえ傍から見ると変な動きであっても、本人はそれを今の自分の技術として使いこなしているわけであり、それはそれでその人の確固たる教程なわけです。自己流の不利な点は、言ってみれば無駄な動きにあるという事であり、その無駄な部分を省いていく、あるいは、プラスしていくという操作をすれば、おのずと合理的な滑りができ、楽な滑走が可能という事にあろうかと思います。
 私自身も、スキーを始めた小学生の頃から、21歳ごろまでは自己流で滑っておりました。その中で、自分なりに研究し、シュプールを確かめ、ああでもない、こうでもないと、まるで雪上ひきこもりのように孤独でありながら楽しくもありました。ですから、浦佐スクールの研修生になるまでの下地は自己流であったわけであり、それが基礎となっていることは確かです。
 浅草岳スキーツアーのご参加の方々も山スキーの大ベテランがたくさんおられます。その方々は御自分の基礎スキーを知っており、自分流教程を脳内に保持しているのです。そういう方々に「あなたの今の滑りはちょっとあれですよ」的な教えの押し売りはタブーというものです。
 自己流を極めれば、それはそれで極めの道となるのです。しかし、「でも、もうちょっと気持ちよく滑走できればなぁ~」などと少しでも考えていらっしゃる方のヒントになれば…という事でこういった試みをさせていただいております。

ちょっとしたことで心を奪われる&テレマークスキーワンポイントレッスン④

 昨日、昼頃から久々に小出に仕入れに出かけようと車で道を走っていると、なんと、アトリの大群が道路を横切っていました。よく確認する暇はありませんでしたが、アトリで間違いないと思います。かつて、4月ごろ、家の周辺に残雪のなか、アトリの大群が押し寄せているのに遭遇したことがありました。何百羽のその数は壮観だったと記憶しています。
 そういう、ちょっとしたことに出会うと、心の中に巣食う嫌なことも忘れ、自然の壮大さに目を奪われます。


今日はテレマークスキーの過重について書いていきます。
 指導員受験の際に、横滑りと直滑降での脚の入れ替えという種目が有るのですが、双方とも、後ろ足荷重をされているかどうかという評価基準がありました。故に、テレマークスキーではターン中は後ろ足荷重がなされている必要があるという事です。つまり、アルペンターンで右ターンの時には左足外足となりますが、テレマークターンで右ターンの場合は、右足の後ろ足荷重という事になり、荷重の足がアルペンと逆になるという事です。この、荷重足の相違は、アルペンスキーとテレマークスキーの最も異なる部分です。 
 で、ここらへんで多くの方々が、テレは難しい、という思い込みを感じてしまうのでしょう。しかしながら、普通に私たちが地面の上を歩いたり、走ったりするときに、踵はフリーとなっています。もともと、ノルウエーのテレマーク地方の移動手段として発祥したスキーがスキーの原点であると言われ、当然歩くときには踵がフリーなっていないと歩けません。さらに坂道があれば、そこを滑走することもしなければならず、そこからプルークやらテレマークターンが発明されたのです。そのことから、テレマークターンには長い年月の歴史があり、生活の一コマになっていたという事でしょう。
 テレマークスキーはヒールフリーであるため、アルペンポジションでも条件が良ければ問題なく滑走できますが、斜面が荒れていたり、凸凹があったりした場合は、前後差を取りバランス保持をしなければなりません。その際に、体の軸の真下に後ろ足があり、おのずと後ろ足荷重をしないと前後差を維持できないのです。
 では、後ろ足をどの位意識しなければならないかというと、スタンスにもよりますが、6対4から7対3くらい、あるいは半々という事もあります。これも、ターン中すべてこの割合で荷重するかと言えば、そうではなく、条件が良ければフォールライン手前あたりからテレマークポジションでも間に合うと思います。
 次回は、テレマークスキーに対しての勘違いについて…。みたいな内容で書いていきます。これが結構多いようなので。

雑感&机上テレマークスキーレッスン③

 昨日は、ひさびさに勤務先へ出勤。浅草山荘前の公園の見回りと樹木のチェック、決められた写真撮影場所にて、管理用の写真を撮りこんで午前中は終了。
午後も、雑用を言い渡され、夕方まだ終わらずで昨日は終了。
夜から体調が悪く、今日は外仕事はお休みさせていただき、明日小さな家業の仕事が入ったので、その準備でも出来ればと考えています。 




㉓からテレマークスキーの話に移行しております。
 一昨日は須原最終日で一つのリフトに集中していたので、多忙でした。そんな中、たまにテレマーカーに会えるとやはり嬉しくなります。暇な大原の時は、いちいち話しかけていて、NTNを使っている方に「どうですか?」などと声かけさせていただいておりました。
 前にも一度来たことのある中学生の男の子二人のうち一人が、スカルパブーツとG3でした。子供のテレマーカーは見たことがなく、感動でした。たまたま立ち番(リフトの乗車係など30分おきに係が替わるシステム)でしたので、一言二言声かけさせていただきました。しかし、係の交代がいろいろあるので、彼の滑りを見ることができず、残念でした。イケメンで、ウエアーセンスもばっちりで是非見たかったのですが残念です。
 最終日は午後から山頂勤務でした。顔は覆いモノで良く見えませんでしたが、たぶん若い青年だったと思います。幾分ロッカーでウエストが広いタイプの板で、ブーツはスコット、ビンディングはなんでしょうね、ケーブルビンディングには間違いなかったのですが、なんという製品なのかは不明です、頑丈そうな用具でした。その青年は、基本的な姿勢など無理のない滑りをしていましたし、朝から3時ごろまで休みなしに滑走していました。
 さて、いよいよ本題に入りますが、テレマークスキー編ではアルペンスキー編に較べてラフな感じで進めていきたいと思っています。前回で述べたように、イージーさがテレマークスキーの売りでもあるので、そこら辺から始めていきます。
 アルペンスキーは、左右の脚をそれぞれ同時にズレさせていかないと初歩的なパラレルターンになりません。一方、テレマークターンは前足が次のターン方向に一歩踏み出した状態になります。つまり両足ごと迎え角を作るのではなく、片方づつ、探りを入れながら次のターンに入っていくわけです。一方の後ろ脚は、角を立てず、そのままフラットを意識すればおのずと前足と同調し、同じ軌跡を描くはずです。 
説明がだいぶ遅くなりましたが、テレマークスキー用語で「前足」「後ろ足」という単語が出てきますが、そのものズバリで、前に出た足を前足、後ろに引かれた足を後ろ足と読んでいます。これはアルペンスキーの外足、内足と類似しています。
 一人の人間が、テレマークターンを行うために前足を踏みつけながら迎え角を作りターンを開始すれば、後ろ足もそれを追いかけざるを得ないという状況になります。言い変えると、緩い斜面を滑りながら右に歩き、少し曲線を描いたら、「気を付け!」の姿勢(ニュートラル)、その後左に滑りながら歩く、→ニュートラル→右に歩く→ニュートラル→左に歩く。この連続がテレマークターンの初歩となります。
 もちろん、最初から連続のターンを追求する必要がないので、緩い、斜行系の斜面から両足が時間差でズレ落ちる感覚から身に着けていけばいいでしょう。
 ゆくゆく上体の外向外傾姿勢は必須なモノとはなりますが、初歩的なレベルでは体ごとターンの方向に向いていて構いません。あた、後ろ足荷重を過度に意識する必要はなく、両スキーに同じくらいの過重を意識するようにします。

なにかありましたらお気軽にコメントをお寄せください。

雑感&机上テレマークスキーレッスン②

 昨日で須原の営業は終わりました。今年から大原から須原にお世話になっているのですが、須原フリークが多いですね。たくさんの常連さんによって成り立っているスキー場であると感じました。小雪もあり勤務することができませんでしたが、こんなスキー場だったんだ、と色々知る事が出来た気がします。

さて、昨日から一般的なアルペンスキー編(中級者レベルを対象)から、テレマークスキー編へと移行しております。
実は、テレマークスキー指導員を受験する際に、学科試験があり、テレマークスキーの歴史だとか、理論、安全、指導員としての責務など、いろいろ勉強いたしました。しかしながら、せっかく勉強したにもかかわらず、この絶対的なニーズの無さに笑いさえこみあげてくるという状況なのです(苦笑)。と、また横道に逸れてしまいましたが、その理論の中にテレマークスキーの利点という項目があったのを記憶しています。①ロングホイルベース②ターンがイージー③ターンの楽しさ④ストロークを長く使える、などの項目があったと記憶しています。①のロングホールベースというのは、アルペンスキーと違い、踵がフリーであるために左右と前後にバランスを分散しないといけないという、逆に不利な部分もあるわけですが、小さな起伏などをクリアするシチュエーションでは、それが良い方に作用するという部分での利点です。ただ、むしろこれは利点というよりも、起伏のある場面を滑走する際には、前後にスタンスを長くとらないと難しいという事だと思います。②のターンがイージーというのは、簡単という事なのですが、2本のスキー板をそれぞれ分散させてずらしていくので、ターンのきっかけが掴みやすいという事になるのでしょう。言い方を変えると、外スキーを先に動かせるので迎え角が簡単に作れてしまうという事だと思っています。③の前に④のストロークの長さという事について少し。これはアルペンスキーの踵固定用具に対し、蛇腹で足指先の関節を曲げることができ、かつ、踵がフリーであることから、ほぼ直立姿勢から大きくしゃがみこんだ低い姿勢まで有効に使えるという事です。これは利点というよりも、ロングストークを活用し、前後の開きを大きくした場合に、結果的に低いポジションになるという形態上のものであり、利点と言えるかどうかは疑問ですが。
 ④。ターンの楽しさ。私的には、これが一番ではあるまいか?と思っています。
 2016年冬から、技能検定のレベル2レベル3を取るために練習、そして合格し、2017年には、ふたたび指導員検定にチャレンジするも×。ようやく2018の春を迎えるという、ここ数年は苦行の連続でした。一方で、スキーツアーで先頭を滑走となるとテレではなかなか厳しいものがあります。そんな折、昨年大原で、ある程度滑れる子供たちを教える機会があり、テレ板でレッスンに出ました。雪は少し湿った滑走性の良い雪質。前足で雪面とコンタクトをとり、後ろ足で荷重しつつ雪面を捉えていくありさまは、まさに「スーッと行く」感じです。このソフトで、食パンで言うならば「生BREAD」な味わいとでも言いましょうか。癖になる足の感触ですね。まさにスキーにおける「合法麻薬」的な世界です。ですから、これを具体的に説明すると、やはり操作してるよなぁ~という感慨ですか、右足君と左足君がそれぞれに役割分担しながらターンを組み立てていく、絶妙感みたいなものの虜になるのです。
 前足で次のターンを模索し、後ろ足に「これなら行けるぞ」的に様子を伝え、後ろ足はターンを締めくくっていくという風な、ひとつのターンにそれぞれのストーリーが織り込まれているのです。アルペンスキーに「なんかなぁ~」と感じている方には、(ちょっと古いですが)、「今でしょ!」ですね。
 という事で、なんか悪乗りしてしまいましたが、こんな感じで書き進めていきたいと思っております。

なにか、コメント等あれば大歓迎ですので、どうぞお気軽にお寄せください。





3月に入った&机上テレマークスキーレッスン①

 コロナにより学校が休校になったりで、スキー場の団体は一昨日で終了。なので、今日は須原スキー場営業最終日となりました。
充実したというか、精神的に疲れたというか、稀に見る2月でしたね。そんな中、1/19に浅草岳嘉平与のボッチ(スノーシュートレッキング)、1/25弥彦山信仰登山、1/26に大原スキー場跡から田小屋尾根経由で守門岳~大岳~保久礼経由で二分下山(カンジキトレッキング)、2/2は大岳不動平(スノーシュー歩きでテレマークスキー滑走)、2/21は白崩ルートから浅草岳(テレマークスキー)など、厳冬期登山をすることができました。いろいろときつい2月ではありましたが、自分を深めることができた気も致します。 
 3月に入り、従来の勤務仕事もちらほらあるようですし、家業も少し。カモシカ調査にも3日4日ほど出る必要があろうかと思っています。


机上レッスンとしてのネタはまだまだあるにはありますが、これ以上のものは大変マニアックになり、級別テストだとか、一般ゲレンデ対象のスキルのみを追求したお話になるので、それらを目指す方は、もっと上手で実績のある方々に直接指導を受けていただければと思います。
 今までは、どちらかというとアルペンスキーを対象にした話をさせていただきましたが、本日からはテレマークスキーのお話をさせていただきます。、とは言っても、著しく違う部分が多いわけではなく、雑談程度の話となりますことを最初にお断りしておきます。

遡る事、2006年5月10日ごろ、「阿賀の流れのように」氏・小千谷М氏・私、の三名で毛猛山山行をしておりました、山頂の激藪を踏み、帰路に向かう途中の鞍部でゆっくりとランチタイムをしているときに、М氏は1年ほど前に始めたテレマークスキー論議を始めたのです。
当時、私はテレマークスキーなどに興味がまったくなく、奇異なスキーとして見ていました。
 М氏。テレマークスキーは後ろ足に荷重するんです。私。んな、ばかな、外スキーでしょ!、と、テレマークスキーをやったこともないくせに力説する私。そんなやりとりをなつかしく思い出します。
 М氏に触発され、その7か月後に須原スキー場でМ氏から直々に指導を受けるわけですが、そこでこの奇妙なスキーに嵌ることになったのでした。
 アルペンスキーに比べると、実に頼りなく、ずるずると横ずれし、しかしそれが絶妙に楽しく、如何にも自分でスキーを運転している、操っているという醍醐味を感じるスキーだったのです。
 しかし数年後、ワンパな自分の滑りに飽きてしまい、テレマークスキーという存在が希薄になったころがありました。BCではまだまだ歯が立たずで、小回りも今一つでした。のちに指導員検定を受験し玉砕。これで、やっぱりまだまだ下手糞だな――という気になり、コブや悪雪にもチャレンジし、なんとか浅草岳スキーツアーでも先頭で滑れるレベルにまでなったのでした。(先頭で滑ってこけたという失態もありましたが)
 テレマークスキーで人工的なゲレンデを滑る場合。なんというか、いわゆる基礎トレーニングですね。そういう範疇になろうかと思っています。自分の体の捻りだとか、そういうものを確認しながら滑走する、儀式みたいなものを感じます。
 テレマークスキーの本分はやはりBCではないかという気がします。アルペンスキーのさらりとしたライトなものではなく、ワンターンワンターンがいちいち濃いのです。ただ、残念ながらアルペンスキーよりも腿の筋肉に負担がかかるという事は認めざるを得ません。テレマークスキーは疲れない‥‥といった説もあるようですが、私は疲れます。ただ、ちょっと疲れる様な滑り方をしていた、という事実もあるわけですが。
 テレマークターンの濃さって何?という事ですが、やはり操作性でしょうか。アルペンターンは操作をするというよりも、荷重やほんのちょっとの捻りだけでターンが開始されますが、テレマークスキーは一つのターンを前足でリードし、後ろ足で制動をしていくという、両足を巧みに用いてターンを連続していく操作性が求められます。故に、アルペンターンの2倍楽しめるという事になります。 
 ということで、今回はテレマークスキーのさわりのお話だけで終わってしまいました。
 以上、アルペンスキーに関するお話は㉒で終了し、今日からはテレマークスキーのお話㉓に代えさせていただいております。次回から、ふたたびテレマークスキーのお話(技術的な糞真面目な話よりもライトな感じで書いていきたいと考えています)を引き続き書いていこうと思います。

今ほども、屈強の?若い方々(でしょう、たぶん)が守門方面へと車がどんどん入っていったようです。本高地沢の登り返しか、あるいは硫黄沢あたりへダイブでもするのか、たぶん1日中登り返しては滑るというのを繰り返し、晩まで滑り倒すのでしょう。うらやましい体力ですね。

もろもろ&机上レッスン㉒

  4年に一度の閏年で、2月29日の最終日となりました。個人的も、世界的にもいろんなことが起こり、激動の年という気が致します。しかしながら、時間は刻々と過ぎ去り、それにあわせて淡々と生活が営まれ、私たちは日々生きていくということが勤めとなります。
 今日と明日で、一応外部への出向勤務は終了となります。小雪で予定の就労日数には到底及ぶものではありませんでしたが、ストレスも半端なく、内心少しホッとしています。


昨日の記事で、今回は切り替えをテーマにするという事で書きましたので、少し触れておこうと思います。
 一般に初心者から中級者レベルの方にお伝えするのは、ターンの後半にかけて脚を曲げ、次のターンに行く時は足を伸ばして入っていく。これがほぼ、一律の教え方だと思います。そして、曲げから伸ばしタイミングで抜重を行う、というものです。
 抜重を行うことでスキーの雪面へのプレッシャーが薄れ、次のターンに入りやすくなるという理論です。これはパラレルターンにおいて、特に有効な動きとなります。一方、曲げ伸ばしのタイミングで伸ばしながら抜重を行うと、条件の悪い場所では失敗してしまうという欠点があります。主に凸凹斜面や、新雪を多くの滑走者が滑り、大変荒れた状態の斜面です。
 この動きを、抱え込み、あるいはベンディングとも言います。若干違う部分もありますが、要は、伸ばし押し出しで次のターンの入るのではなく、曲げながら次のターンに入っていくという動きとなります。これを意識することにより、切り替えの部分ではしっかりと次のターンの準備のためにスキーに圧力を加えている、という状態になっているわけですから、切り替えの際にスキーに対してプレッシャーを与え続けるという状態を維持できます。そして、曲げで切り替わったエッヂを今度は伸ばしで押して側圧を捉えていくことになります。
 実践斜面の中での、こういう動きは必ずと言っていいほど有効な技術です。中級者から上級者へステップアップするためにもこれらはマスターしておきたい技術かと思います。

その他の事&机上レッスン㉑

 今月も明日のみとなりました。
新しい環境の中で勤務し、いつもはあっという間に終わる2月なのですが、今年は異様に長く感じます。これも通常の年よりも1日多い閏年という事もあるのでしょうか。


浅草岳のスキーツアーでは数10名の方が毎年参加いただいていますが、割と皆様ストックを突かない方が多いように思います。突かないというか、突いてはいるのですが、それほどガッツリ突かれていない印象を持ちます。これは、個々のタイミングや、色んな意識の違いから、さほどストックに意識を持たずとも滑走できてしまうからにほかなりませんが、BCなどはストックワークはすごく重要な位置づけであると感じます。 
 私は、普通のストックワークのほかにダブルストックをよく使います。ダブルストックの利点は、①両手で瞬間的に雪面に突くことで、体の自重が瞬間的に軽減され、一気にターン開始の際にスキー板を振ることができること②体全体をフォールラインに保つことができ、次のターンに極めて入りやすくなること③細かいリズムで突くと、狭いコースでも安全なターンが可能であること。などが考えられます。
 しかしながら、多用し過ぎると、腕だけに頼り過ぎ、本来の脚の運動をないがしろにした動きとなるため、ほどほどに行うことが大切かと思います。
 特に私などは、狭い林間の急な場面で、しかも固い雪などは多用します。これを行う事で、一気にスキーを振り回すことができますし、振り回した結果体も適度に下向きにブロックされるという利点があるからです。
 次回は実践斜面における切り替えについて持論を書いてみたいと思います。

雑感&机上レッスン⑳

 昨日は所用を足しに町へ出てきました。
 2011年4月10日頃、母を医者に連れて行っている間に下権現堂山に山スキーに行ったことがありました。旧アクシオムスキー場に入るところは、雪の壁が1メートルくらいあって、そこをかき上がり板をつけた記憶があります。もちろん、そこら辺に雪は無く、雪の痕跡が少しあるだけです。

今日のテーマは、頭の位置です。
 私は普段、うつむき加減な姿勢のため、横から見ると首が前に曲がった頭の位置になりがちです。実はこの癖にずっと悩まされてきましたし、この癖によって自分の技術的な可能性が失われたと言っても過言ではありません。
 スキーは前後左右のバランスでターンが成り立っていますが、どこか一点がバランスが乱れて飛び出ていたりすると、全体のバランスが大きく乱れてしまいます。
 私の場合の、頭の前方向への傾きはから生まれる弊害は、足首にありました。普通に脛の前傾を保ちターンをしようとするのですが、頭が前に出ている分、余分に脛を前傾、つまり足首を曲げすぎてしまいがちになるという事です。それにより、前方向への過重が多くなるため、バランスを取るためになんとなくですが、踵寄りの過重をしてしまいます。つまり、頭が前方に出ていることで、様々な部分で全体のバランスを取ろうとし、さらにバランスが悪く、スキー板にダイレクトに力が伝わらないという弊害が出てしまっていました。
 これらは、外見上からも、脛に必要以上に圧がかかっている状況が、写真や動画でも顕著に垣間見ることができます。

なんとなく、斜面にチャレンジしていこうとすると、頭が先に突っ込みがちになりがちですが、頭は要です。頭の横への視線をうかがう動きはさほど影響はないかと思いますが、頭を下げ、上目遣いで滑るような動きはベターではないという事です。
 あと、起伏のあるコブ斜面などを滑走する場合も、頭の動きは特に大切で、頭部が動いてしまうと下半身の動きが失われる原因となります。深いコブなどで、上体があおられ、首がガクンガクンと動きまくっているスキーヤーがいますが、これも頭の位置をブロックすることでバランスが保たれるはずです。
 スキーは手足を連動させ、股関節でターンのきっかけやひねりを維持し、エッヂングを決めていきますが、頭に関して、特に背骨に対しまっすぐ立て前後に動かさない、というのが鉄則ではないかと私は考えています。ただし、ターンの先行動作のための横への動きはほどほどであれば効果的ではないかと思います。

今日は休み&机上レッスン⑲

 今日はシフトが空き、休みです。昨日は多忙で、多くの初心者の子供対応で気疲れマックスでした。あれだけのドタバタですから、イントラの皆さんも疲れると思います。
 初心者にとってはスーパー迂回路はやさしいコースですが、リフトの降り場の傾斜は未知の世界です。ここで、どうしても腰が引けてしまい、尻餅をつくことになります。また、少し滑れるようになると二人づつで乗りたがり、結果として隣同士の板が重なり合い、板が横になって転倒というケースも多々あります。
 大原では実に牧歌的でした。江戸川スクール貸切状態で、イントラが先に乗り、リフト一個づつ空けて生徒を乗せ、ゆっくりとした速度でリフト運転が可能でしたが、須原は違います。昨日は、江戸川含め、子供たちの数が400人、他一般のお客さんもすべて高原リフトに集中ですから、大原とはまさに雲泥の差です。しかし、営業となると、やはりそこまでしないと厳しいのでしょう。

須原は3/1で一般営業が終了となります。なので勤務はあとわずかとなりました。途中クローズもあったりしましたが、小雪という事もあり、経営側としてはそれでも精いっぱい引っ張っての結果なのだと思います。

須原と言えば、2007年正月に初めてМ氏から譲り受けたテレ板とブーツで直々に初テレを体験し、教えていただいた日でした。まさにスーパー迂回路を、初心者テレマーカーが誕生した日でした。初テレで、最初からテレマークターンができる人はなかなかいない…などとおだてられての今ですが、あんまり巧くはなってはいないなという気はします。それはたぶん、圧倒的に練習機会がないという事もあるのでしょうし、スクールの最中でちょろちょろとできるものではないという事かも知れません。
そんな年が続き、テレ熱は下がる一方でしたが、2009年に一念発起し、来年は指導員を目指してみようという気になったのでした。ですからそういう事もあって2010年あたりからわりと須原に行って秘密練習してましたね。それこそ今の勤務地の高原ゲレンデが最も練習に適していたので、そこを主に使用しておりました。
カリカリの固いバーンを何度も滑り、(当初は小回りが苦手でして、それをよく練習してました)膝が痛くなって止む無く帰ったという日もありましたが。ですから、今でもお一人で試行錯誤しながら自己研鑽をされているスキーヤーの気持ちは大変よくわかるのです。
結局その年は様子見がてらという事で検定は✖でした。次年度2011はジャンプの練習中ひとりバックドロップで鞭打ち症になってしまいました。ただ、検定には行く気満々でしたが、折しも震災で中止となったのです。
以降、何年かはまだまだ未熟な部分が山スキーなどでも露見しましたが、何度か浅草通いで実戦練習を積み、2014年ごろから徐々に山スキーでもアルペンスキーを封印し自信が生まれつつありました。2016年には再度テレマークスキー指導員を目指そうという気になり、須原に何度か練習に来ました。
 須原では、その当時、私よりベテランのスキーヤーたちが挙ってコブを作り、コブを楽しんでいました。テレマークスキーでコブに入るのは初でしたが、そこで玉砕。そのコブはバンクコブでしたのズレ落とし系の意識ではダメだったのです。その後、バンクに沿いテレマークターンをして行くと、普通に滑れます。滑走のイメージの捉え方と思い違いによって、大きく滑りに差が出るものだとつくづく感じました。
 2016年は次年度のテレマークスキー指導員受験に向けての前哨戦という事で、ある程度コブ滑りも把握できればと思い練習していました。一方、次年度のテレマークスキー指導員受験に向けて、何らかの自信を得ておきたいという事で、テレマークスキー技能検定を受けることにしました。レベル1~レベル4まであり、レベル2から受験できるという仕組みです。種目は総合滑降・小回り・大回りのみで、2月ごろレベル2を取得し3月に3を取りました。レベル3はレベル的には指導員に近いレベルという事でしたので、なんとか次年度受験のテレマークスキー指導員検定の布石になったであろうという感じでしたね。
 2017年の、大原でのリフト番の時も山頂勤務が多く、かなりテレマークスキー指導員検定の学科の勉強を行うことができました。実技の練習は、なかなかできないので、上国の教育旅行のイントラ業務が終わってからテレマークスキーとブーツを履き替えて練習も何度かしました。しかし、もっとも得意としていた緩斜面系の指導種目のポイントで落ちてしまいました。帰りの帰路が辛かったのを思い出します。
 明けて翌年は妻の協力も得(緩斜面種目をデジカメの粗悪動画に撮ってもらったりしてました)、多少の不安はありましたが、合格。
 余談が長くなりましたが、須原のリフト番をしていると、そういう孤独な研鑽をされている方を見ることがあります。声を掛けたくなったりする所ではありますね。


今日は、レッスンというよりも、私自身の戒めというか、そこのところもちょっと注意しないとね、という部分を書いてみたいと思います。
 以前、アルペンスキーはレグザムという数値は忘れましたが激堅のブーツを履いており、常温ではシェルに足が入らず苦痛を伴うほどでした。なので、上国などの教育旅行の就業日には、ブーツをフロントガラスの近くに置きながら走り、着いてすぐブーツを装着してました。休み時間に脱ぐと履くことに異常に手間が掛かるため、朝履いて夕方まで履きっぱなしというスタイルでした。靴底も穴が開き、もう潮時かなという事で、同じメーカーの極柔らかい、技能レベル2級クラスのブーツを購入したのでした。
 激堅の次が極柔ですから最初は怖いと感じました。だいぶ慣れてはいましたが、やはりかなりバックルを締めないとスピードを出すとちょっと恐怖を感じました。
 昨年、3月、SAJ指導員の研修会が二王子ニノックス会場で行われ、急斜面を滑る機会がありました。かなりバックルをきつく締めたので、普通に波状なく滑走できましたが、遊びでピッチの細かいコブを滑ってみましょうというので入ったのですが、数ターンでコースアウトしてしまいました。ピッチが細かいのでテレマークスキーならコースアウトは普通にあり得るという気はしていましたが、まさかアルペンスキーでコースアウトというのはどうにも納得できませんでした。納得できないので研修会終了後、ふたたびフリーでコブへ。やはりうまく滑れません。
 おかしいと思い、バックルを締めすぎていることに気が付きました。その後、バックルの強さを適度にして滑ったところ、完走可能でした。
 このことは、特に今に始まったことではなく、バックルを締めすぎると、ホールド感は良くなるものの、足首の遊びがなくなり、細かいミリ単位の動きが封印されてしまうという欠点があります。特に細かい動きを必要とするような場合は、バックルの締め具合に注意を払う必要もあるでしょう。
 テレマークスキーでもこれはあり得ることでして、適度の締め付けも大切ですが、緩すぎや締めすぎによる影響はかなり多いと感じます。

初心者の場合は、まずバックルを締めなさすぎ(笑)これは圧倒的に多いです。彼ら彼女らの場合は、スキーブーツは無用の長物でしかなく、バックルをゆるめておいた方がはるかに歩きやすいのです。しかし、バックルを緩め過ぎた結果として、角が立てれなくなり、横になって登ることができなくなりますし、ブレーキを形つくるㇵの字制動も甘くなってしまいます。また、逆に足首がくにゃくにゃし過ぎて、簡単に角が立ちすぎてしまうという、逆の現象も発生します。
 このように、技術だけを求めて滑走のみに注意を払うのもアリですが、別なところに単純な落とし穴があり、それが上達を妨げているという場合もあるのです。
 以上、今日は気分もすぐれず、あまり書く気にもなれませんでしたが、予想に反し長文となりました。
なにかあればコメントいただければと思います。























机上レッスン⑱

 山スキー・基礎スキー・テレマークスキー・資格取得のためのスキー・・・・など、色んな目的でスキーをしてきましたが、それぞれに達成感を感じてきました。
 山スキーは、その昔、入広瀬スキークラブ主催で行われ、4月の第一週の日曜日に大原スキー場裏の通称ウサギ峰から田小屋尾根を通り守門岳まで登り、大池を経由し田小屋に滑走していました。参加者にはニジマスの塩焼きが振舞われたり、汁なども配られたものでした。
 浅草岳は、4月の第三週の日曜日に実施され、浅草山荘裏から登り、800mくらいからムジナ沢に入り、ムジナ沢源頭を直登し山頂に登ったものでした。
 参加者の中でも、生粋の山屋さんたちはシールを貼り登っていましたが、我々スキークラブ員はただスキーを教えるレベルでしかなく、リュックにブーツを詰め込み、紐でスキー括りつけて登ったものでした。
 この間、今月の初旬にスノーシューで登り、板をザックに縛って登ってみましたが、重量はさして変わらない筈なのに体力を消耗しました。今後、部分的に止む無くスキーをくくることもありますが、基本シール登行しか考えられないと最近思います。
 ちょっと前までは、大岳に行く途中で、長靴を履き、スキーブーツをザックに詰め込んだ初老の方々を見かけることがあったのですが、最近はほぼ居なくなりましたね。これも山スキーからBCというジャンルに変ってきたという事なのでしょうか。


リフト勤務中に、中級者から上級者の滑りをたまに見ることがあります。きれいな滑りをされているのですが、なんかおかしいと感じることがあります。それは次のターンに行くべきマキシマムの時に、外スキーと内スキーの間に三角窓ができてしまっているのです。これはいつの時代にもあった現象の一つなのですが、レベルアップしていくためには解決するべき問題でもあると思うのです。
 普通に整地された中斜面だけを滑走し、爽快感を味わうのであればそれで十分かも知れません。しかし、斜面状況が難しくなればなるほど、リズムよく滑走することができなくなりますし、いろんな斜面を気持ちよく滑走するという観点から見れば、滑走者自身に不満が残るのではないでしょうか。 
 改善すべき点は、おそらくですが、ターン中の過重の移動がないという事かも知れません。たいへん極端な言い方になりますが、ターン前半は母指球から荷重し、ターンの後半は踝の下のやや踵寄りの過重という事になります。ただし、脛の前傾はある程度保たれていないといけません。
 練習としては、次のターンを急ぐのではなく、ワンターンワンターンをしっかりと仕上げていく練習が求められるのではないでしょうか。内スキーを軽くリフト(持ち上げ)させ、外足一本でターンを滑り切れるバランスですね。これがある程度できるようになると、三角窓を現れることはなくなりますし、より高い次元へと上達出来るのではないでしょうか。

諸々、雑感 / 机上レッスン⑰

 昨日は出がけにスキー場から悪天につき営業休止の連絡があり、急遽休みとなりました。用事を足しに行こうかと思いましたが、休日なので用も足せずで終日家でグダグダしてました。天気も悪かったですしね。
 午後から、平井さんの家に行ってみると在宅しており、カモシカ調査の進捗状況などを聞きに行った次第です。定点観測という、一定の場所でカモシカの行動を調査するという項目があるのですが、雪が無いのでそれが難しいという事でした。なので、結果的にカモシカを発見できず、という報告をするしかないだろう、など話をした次第です。
 この間の浅草岳に行った時も、カモシカの痕跡は乏しく、替わってウサギの足跡はたくさんありました。これは雪が少なく、ウサギにとっては餌摂りが容易で、隠れ場所にも困らないという事でしょうか。そのせいか、この間、白崩林道の白崩滝近くの区域でテンを見かけましたが、慌てて逃げるでもなく、ゆっくりと私の近くまで歩いてきて藪に潜っていきました。ウサギの捕食がままならず、空腹なのかもしれませんね。
 小雪の影響かユキツバキの葉も枯れかかっているものがありました。ユキツバキは本来寒さに弱いのか、雪の下で生活しますが、雪が無いため雪の覆いが無く、寒風にさらされ結果枯れてしまっています。 
 さすがに、夏鳥はやってきていませんが、いつもは残雪の3月終わりごろから4月にかけて沢筋でミソサザイの美しい声を聴きますが、今年は真冬の春らしい雰囲気の日にかなり聞こえたことがありました。自然の中の生き物も判断に困っているのでしょうね。


 この間、21日に浅草岳に行ってきましたが、浅草岳山頂直下から前岳までの間が雪が少ないので、割と高低差があることに気づき、シールを着けたままで山頂から滑走しました。シールを着けたままの滑走は難しく、ノーエッヂに近い感覚で、しかも滑りにくいですから、怖いです。そういう時にはボーゲンで滑るか、超ワイドスタンスで体ごとくるくる回しながら滑走するか、安全が確保されていればテレマークポジションで直滑降が良いのですが…。
 そんな感じで滑っていると、すごいかっこ悪いなぁ~と感じることがままあります。しかし、安全第一を考えるとかっこ悪さもかっこいいという事なのですよね。慣れない方が山スキーをされるときに、広くスキーを開くのは、重い荷物を背負い、バランスよく滑走するための究極の選択であり、基底面積を広くするためにスタンスを広くするというのは実に理にかなっているのです。
 山スキーでもかっこよく滑りたい!というスタンスはよくわかるし、自分もそうなんですが、心のブレーキはいつでもかけれるようにしたいものです。ですから、条件が良ければかっこよく、そうでない場合はカッコ悪くても安全に。という事でしょうか。

 どうなるのかスキーシーズン&その他(テレマークスキーひらめき?)

 昨日の午後は、高原の山頂勤務でした。小さな子供たちが居たり、初心者のボードの若い御客様など、下車時には注意する必要があり、減速・転倒時には停止など操作の必要があります。しかし、高原ゲレンデのみなので、さほど混み合うことはありません。
 スクールのお客さんが居なく、空いたイントラたちの研修内容を眺める機会が最近よくあります。やはり、今流行りのスキー技術なのかな?という気がしました。
 私自身現役の指導員ですし、決まった研修会を受講し、現在の技術に多少なりとも理解はしていますが、入広瀬SSは、須原SSのようにみんなで研修し合うという事がまったくありませんでした。すなわち、今はこうだ、ああだ、と言い合うことがなく、個々が好き勝手に自分の流儀を全うしているというスタンスでしたね。どちらが正解なのか?という部分ですが、お客様のニーズにこたえていこうとするスタンスはどれも正解だと思います。入広瀬SSのように子供オンリーの場合は、今の滑りはこうだから…というスタンスは必要なく、子供のレベルを上げてやればいいだけの事です。しかし、須原SSさんは、子供だけではなく、一般人の会員さんたちや技能検定を目指すお客様も多いのです。よって、イントラたちは検定に見合う技術を個々が有し、見本として具現することが求められます。 
 ほかのリフトの係員たちはそういう内情を知らないので、イントラやパトがフリーで滑走していると遊んでいるという風に映るのが常ですが、それも仕事なわけです。正直うらやましい空間ではあります。

一昨日のテレマークスキー山行でひらめいたことがありました。それはターンを伸ばし押し出しによってつくり込んでいくというものです。今まで、私のテレマークスキーのイメージは曲げながらターンをするという一点に絞られていたような気がしています。ですから、曲げながらただただその重みに耐えていくようなイメージで、筋力的にはかなりきついものがありました。しかし、一昨日はなんの拍子かわかりませんが、自然とそういう動きになってしまったのでした。その後、アルペンターンを多用しましたが、これも中間ポジションを基調にして、外方向へと脚の伸展でターンを開始すると、これが楽なんですね。
 この動きはしかし、もしかして雪質に左右されるかもしれませんし、まだいろいろと試してみる必要があるのかもしれません。

余談ですが、ざっと今までの山スキーの記録をひっくり返してみると、まだ80回程度しか山スキーをしていないんですね。BCの経験と雪の対応など、もっと経験を積む必要があると思っています。
 という事で、今日の机上なんとやらはお休みです。なにかコメントなどございましたらお気軽にどうぞ。

久々山スキー&机上レッスン⑯

 昨日は精神的疲労のため、あまりアウトドアをしたくありませんでしたが、行ってきました。 シールの糊がいまいちなので、心配でしたがダメならそこから帰る予定でいました。
 嘉平与のボッチ手前あたりから、シールの粘着の弱いテール部分に雪が入り込み、途中で除去したりワックスを塗ったりして対応したところ、なんとか山頂までシール登行できました。山頂到着は午後一時を過ぎていたので、早めに下ろうと、テレマークスタンスに拘らずアルペンターンをかなり使って滑走しました。この上なく楽な滑走を楽しめました。
 このように、テレマーク板であっても、あまりテレマークという形にとらわれることなく、臨機応変に対応していけば、より楽しい山スキー滑走が楽しめると改めて感じた次第です。


今日はターン中の呼吸法について書いてみます。
ターンに入る時に息を吸い、ターン後半に息を吐く。たったこれだけの事なのですが、いやいや割とこれイイんですよ。
これだけでターンに命が吹き込まれてきます。もちろん、小回りでも、細かく息を吐くなどすれば、一定のリズムが取れます。
 可能であれば、息を吸いながら次の外足で外圧を捉え、脚を伸ばして雪を捉えてみることをお勧めします。また、息を吸うタイミングは短く、息を吐くリズムは長くという事になりますね。

コブ小回り、初歩。机上レッスン⑮

 昨日の須原は江戸川区小学生と一般のお客さんがちらほらといった感じで、割と肌寒い日でした。
一人二人の年配の男性が基礎スキー技術の研鑽をしており、心打たれるものがありました。年をとっても技術を向上させようとする心意気は、結果はどうあれ、とても美しく映ります。いや、結果は必ずどこかで出ることと信じましょう。


今日は昨日の続きで、一応コブの小回りターンの初歩系という事で書いて行きます。 
 中級者レベルの方がコブに入りたがらないのは、細かい起伏による、凹凸の極端な地形にあると思います。興味本位で入っても、必ずはじかれ、結局は斜滑降とキックターンの連続という事になるのが一般的です。つまりこれは、一般的な整地斜面ではほとんど能動的な運動せずとも、勝手にスキーがターンをしてくれ、勝手に下方へと移動できるという事です。ところがコブの場合は、凸凹ですから、整地の意識のまんま入ってしまうと一発で飛ばされてしまうのが一般的です。ではどうするかという事ですが、ひとつ階段をイメージいただければと思います。普通の階段は90度ごとに角ばっていますが、0度→90度、0度→90度と下がってくる階段というイメージではなく、0度→30度、0度→30度くらいのこう配をイメージいただき、そこを下方に向かって滑走するとイメージを持っていただくとよろしいでしょう。この0度の時に腰の真下にスキーがリセットされ、膝は曲げられています。そこから30度の傾斜に向かい膝を伸ばしながら脚全体を伸展させ横滑りさせます。脚の動きとしてはこれを繰り返します。その他のポイントとしては、膝が曲げられたときにストックを突くという事です。 
 以上は、コブを横からイメージしたものですが、実際のコブは、コブの頭付近と溝に落ちていく途中のコブの腹、そして一番凹んだ部分の溝ですね。この地形を巧くやり過ごしていく必要があります。簡単に言えば、コブの腹と溝の2つで如何体を動かすか?という事になります。
 まずは心に余裕をもって滑る必要があり、そのためにはしっかりスピードを抑えるという事から横ずれを多用するという事になります。その為にはコブの頂点付近からスキーのトップを横向きにした状態で脚を伸ばしながら横滑りさせ、コブの溝まで落ちる前にターンを終わらせます。コブの地形上、溝の一番低いところに結果的に落ちてしまうわけですが、その衝撃をもろに受けてしまうと脚や体全体の動きが止まり次のターンに入りにくくなってしまいます。ですから、衝撃を受ける前に仕事を終わらせ、なるべく膝を曲げた状態で圧力を抜いてあげるという動作が大切です。
 次に、コブの上部に再び浮上したスキーをいち早く次のターン方向へスピンさせることが大切です。ですから、コブの上部ではスキーを膝曲げでスピン、コブの坂道を膝伸ばしで下りながら横ずれ、ふたたび膝抱え込み、スピン、横ずらしの連続運動となります。それのストック突き運動を連動させると、横ずらし脚伸ばしストック構え→膝抱え込みストック突き→スキートップスピン・・・・の連続動作という事になります。
 ここでは、あまり外向外傾に触れていませんが、出来るものなら肩のtラインを真下に向けたままが望ましいのは言うまでもありません。ただ、これらの一連の動きを無意識で出来るようになってからの方が良いかと思われます。
 一方で、最近は少なくなりましたが、縦長のラインコブの場合、スキーのサイドカーブで両サイドに壁を作りながら滑走する技術が求められ、これらのコブは適応外となります。また、やたらピッチの狭いコブなどもコブ初心者には向かないでしょう。
 勿論、竿所からコブに入るのはちょっと…と言う方には、整地で脚の曲げ伸ばしと、ストックの併用を意識した動きを行い、やや大きめのターン弧で練習してから実際のコブ斜面に入っていくといいでしょう。
 最初から形を決めに行くのではなく、運動そのものを理解してチャレンジしてください。

以上、今日はこんな感じで書かせていただきました。なにかあればコメントなどお寄せいただければと思います。

雑文&横滑りはオールマイティー 机上レッスン⑭

 昨日は朝方は雪でしたが、徐々に晴れ上がり、須原はキョロキョロ雪の引っ掛かりこう配で如何にも中越の雪という感じでした。
それでも、須原のイントラさんたちは一生懸命地味連や実践技術の研鑽をやってました。 
 須原のイントラたちは会員制の生徒さんも多いらしく、年間で安くスクールに入れるようです。そこで、上手になり、級や資格を取り、須原のスタッフになった方も多々いらっしゃるようです。そういう、環境というか、雰囲気は実にうらやましいですね。
 昨年までの大原は、初心者の講習が終わるとリフトは営業をやめるので、ほとんどのイントラは自分の研鑽をすることがない環境でした。ただ、全体として言えるのは、スクールはほぼ多くはスキー修学旅行的な初心者ばかりになり、イントラ自体が研鑽する雰囲気は薄れつつあるようです。 このような傾向から見ると、須原はまだまだ頑張っているなぁと感じる次第です。



 今回は横滑りはオールマーティーである、という事について書いていきます。特に天然コブ斜面ではその必要性を強く感じます。最近のスキー場は、小回りのラインコブを残置する傾向にあり、コブ=ラインコブというイメージが定着しつつありますが、多数の人がランダムに滑るゲレンデでは、細かい起伏や、大きめのコブなど、天然コブが乱立する場所もあります。そういう斜面をターンする場合は、整地斜面に較べると大変難しいものがあります。しかし、横滑り系を基本として板を押しずらす操作を使えば、さほど気張らずにスムーズにこなせるでしょう。
 まず、リズムが単純なロングターンから説明していきます。まずは、斜面を横滑りで横切る練習からです。外向外傾のポジションをしっかり作り、両スキーで均等過重していきますが、幾分外足に大目に体重が乗ることとなります。ポジションは低からず高からずの中間ポジションを取ります。その横滑りポジションから、コブの頂点では膝を曲げ、凹んだ部分には脚を伸ばして対応します。筋力的には、コブの頂点通過と凹んだ部分に対しても同じ圧力を感じ取るようにしましょう。次に逆方向に向かう場面ですが、この辺で向きを変えようとする、コブの頂点でストックを突きながら膝を抱え込み(ベンディング操作)、次のターン方向の側方へと脚を伸ばして側圧を捉えていきます。これをよどみなく連続することで、充分な「ターン」となって形に現れます。
これらは、中ターンやロングターンで応用できるかと思います。
 次回は、初歩的なコブの小回り系の、横ずれを主体とした方法などを書いていきたいと考えております。

なにか、コメント等あればお気軽にお寄せください。



机上レッスン⑬

 昨日は勤務から帰ったのち、再び投雪機で除雪。今朝も裏を除雪。近所から苦情もあったり、燃料も切れ気味なので途中で作業中断。


今日はクロスオーバーに付いての練習というか、そういった関連の事を簡単に書いていきます。クロスオーバーというのは、ターン中に側方に出された足が、ターンの後半に腰(体)の下に戻り、今度は逆方向に足を出すための重心の反対側への移動の事を指します。
 上級者ではこういった動作を自然と行っていますが、初級中級の方々は、その感覚が今ひとつわからないのではないでしょうか。
 このクロスオーバーの感覚を、わかり易く説明すれば、ある程度のスピードで自転車に乗り、右カーブから左カーブに転換する瞬間をイメージしていただければいいかと思います。カーブ中は自転車本体は遠心力により運転者の側方にあり、運転者の軸も自転車の内側に内傾します。次のカーブのために自分の軸の真下に自転車を戻し、再びもう一方へと自転車を送り出すために軸は内側へと傾きます。
 スキーのクロスオーバーもほぼ同じバランスです。 
 これらのクロスオーバーの感覚をつかむには、基本的なものとしてやはり地味なプルークボーゲンという事になるでしょうか。
 最初は広いスタンスで十分なバランス保持を意識しながらやっていきましょう。
 基本的には、初歩的な押ずらしの上下動を意識したものを行います。それに伴い、適度なH外向外傾姿勢はしっかりと取る必要があります。意識することは、一つのターンの後、次のターンの外足に体重を移し替えながら伸ばし押し出しで捉えていくよう意識しましょう。次の外足になるべくダイレクトに体重を移し替えようとする積極さが大切です。なお、なるべくダイレクトに次の外足に体重を乗せ換えるコツとして、次の外足の母指球に体重を乗せ、腰もしっかり乗せながら移し替えることが大切かと思います。また、真上に伸び上がるという意識ではなく、次のターンのやや内側前方に腰を移動させていく意識が必要になってきます。この動きがスムーズになると、自然と重心はクロスされ内側へと入っていくことになります。
 このプルークスタンスをやや狭くし、トップ部分を開いたオープンスタンスに近いラフなプルークで今の動作を行ってみましょう。スタンスを広く取ることで、より重心を動かしやすくなります。

以上、本日も地味連ネタでした。なにかあればコメントいただればと思います。

机上レッスン⑫

 久々の降雪で、投雪機を稼働。2軒の玄関前と横2箇所、大雲沢ヒュッテの裏側と脇、1時間45分要しました。


家に姿見や、サッシなどがあれば、そこで自分がかっこいいと思うフォームを作ってみましょう。このようなごく簡単な方法が実はかなりうまくなる要素があります。
また、小回りターンなどでは、ストックの構えと股関節の捻りを連動させる練習も効果的です。曲がりたい方向に膝を向ける動作は、すなわち股関節の捻りによってあらわれるものですから、膝の動きは膝自体が動いているわけではありません。
このように、腰をあまり動かさず、股関節を利用し、膝を行きたい方向に向けていくという動作が、ターンの初期の動作でありターンの迎え角づくりになります。
機能は地味連という事で、低速技術を少し書きましたが、地味と言えば今回のフォームづくりやイメージトレーニングもさらに地味連と言えるのかもしれませんね。
しかし、オフにこうしたイメージを構築させておくと、シーズンインには見違えるほど上達しているのがスキーです。
実際、私が体験しているから本当だと思います。
 あと、かっこいい、という言葉は非常に安っぽく安易なイメージに感ずるかもしれません。ただ、余分なものを省き、複雑な動きからシンプルでスキーの性能を引き出した滑りはやはり理にかなっていると感じます。
 イメージトレーニングは他にも多々思いつくことはありますが、寄り合えず基本的なイメージを作ればずいぶん効果があるという事を集約してお伝えしました。

 次回はゲレンデでの地味連、についてお届けいたします。

机上レッスン⑪

 昨日は、子供リフト無料の日という事で、多くの小学生が訪れていました。ひと月に一回、こういう日を設け、親にはきちんとしたリフト券を買っていただき、昼食は親子で有料で摂ってもらうという営業なのだと思いますが、良い案だとは思います。
 雪が少ない中、それでも滑りに来て下さる方々がいるわけであり、感謝しなければいけません。

 今日からは、スキーはオフに巧くなる?といったテーマで書かせてもらう予定にしてましたが、急遽変更して地味連について書いてみたいと思います。
 スキーがある程度うまくなると、あまり地味な低速技術の練習をしなくなります。
 どうも最近、暴走する、外足にのれない、全体としてしっくりこない、といった症状のある方が、更に頑張ってスピードを出して滑ってもなかなかその不具合な部分を解消できないことがままあります。
 これまた、余談になりますが、その昔、〇佐スクールのスタッフの頃、滑りに精彩を欠いていると、初級者の班の担当になる事が結構ありました。初級者の班ではおのずとプルークとかプルークボーゲンなどの基礎的な種目を生徒さんに対し練習することが多くなり、それにより、しっかりとした外足過重や上半身の適切な外向外傾姿勢などの練習になるわけです。そうした、一度基本に立ち返ることにより、再び調子を取り戻すという事が良くありました。
 まさに、今の私がそういう状態なのです。
 ここのところ、スクールを担当することがなくなり、(多分今シーズンはもうないかと思っていますが・・・いやいや、大雲沢ヒュッテ主催のスクールの予定もあるので無いとは言わないでおきましょう)プルークやプルークボーゲンなどをすることがなくなっています。
 リフト勤務の都合上、早めに原動に行って電源入れなどの準備をするためにスキーを履いていく日があるのですが、その時、片側のターンがどうもしっくりいっていないな‥‥という認識がありました。ただ、仕事中に自分の練習をするわけにもいきません。
 このあいだの休みの日は結局テレマークスキーの練習をしてしまったのでした。なので、アルペンスキーの調子の悪さは未だ解消されておりません。そんな時に、思うのは、基本に立ち返らないと…という事なのです。
 もともと、左右が結構違うターンなので、苦手な方がいまいちよくないのですが、これは低速でしっかりとプルークボーゲンを行い、バランスの悪さを知ることが先決だと思っています。
 低速で外向外傾のフォームをしっかり意識し、脚の運動を止めることなくスムーズに練習してみましょう。そこから、徐々に発展させてパラレルターンへと行い、平行操作での体の使い方をチェックします。また、斜面を横切り、斜滑降や横滑るを行うことも大切ですね。
 どんなスポーツや、事柄も、なんかおかしい、調子悪い、と感ずることはあるわけですが、それをうやむやにし、ただただやみくもに突っ走っても負のスパイラルになるだけですから、基本に立ち返るという事はすごく大切なことだと思います・・・・・と、戒めてます、ただいま。

という事で、予定を変更し、今日は基本に立ち返りプルークボーゲンをしましょうという事です。それもある程度完成されたプルークボーゲンを習得すれば鉄壁です。
 またなにか、ありましたらお気軽にコメントいただければと思います。

レッスン⑩

 ここのところ再び雪が降らず、雪不足傾向となっています。ですが、山の方は地道に増えつつあるみたいですね。
明後日あたりに大雪になるみたいですので、そこら辺に期待したいものです。


 今日は再びストックに関しての話です。
ストックの握り方とか、スタンスについてはこの間少し書きましたが、今回は「ストックワークをする前の準備の仕方」について少し述べたいと思います。
 基本的にストックのタイミングは、一つのターンマキシマムを終え、次のターンに入る瞬間に突くのが一般的です。この場合、ターン中は、ただストックを構えていればよいか?というと、実はそうではありません。ターンをしながら、徐々に手首のみを動かしつつ、筋肉の緊張を作りながらストックの石突きを動かすイメージです。注意しなければならないのは、腕まるごと動かしてしまうと体がくるりと回ってしまい内向になってしまうので注意が必要です。外の手首を動かしてストックの準備をしながら、なおかつ、もう一方の肩を体が回らないよう、若干ブロックの意識をもつ事も必要です。これにより、かなりスムーズに、外スキーと外腕の同調が得られ、ターンが著しくしやすくなります。
 初級者から中級者にかけて、このように、下半身と上半身の一体感があまり見られない場合が多々ありますが、体全体を使っての動きを理解できるとスキーレベルは一気に上がります。
 何かご質問やら突込みやらなんでも構いません。お気軽にコメントをお寄せください。

明日(から?)は、「スキーはシーズンオフに巧くなる?」という実体験に基づいたお話をします。その後は、スキーゲレンデで簡単な基礎トレーニングの紹介と、次々回あたりからテレマークスキーについて書いていく予定です。

昨日の休みはだらだらと&机上レッスン⑨

 今月はスクール3日勤務と、あとはリフト番で昨日は久々の休みでした。
 午前中は母の通院先の付き添いで山行きには無理でした。
 あまり気がすすみませんでしたが、従業員リフト無料という事で雪が少ないながらもテレマークスキー板を持ち須原へ。須原では魚沼市の3校くらいの小学生のスキー授業と、新潟県準指導員検定会が行われていました。受検者が50名くらいで、ブロック技術員とか他役員の方々もいたので、多い人数でした。
 最近は、再び横滑り系の種目があるようで、横滑りから徐々にターンへと展開していくような種目に見えました。受験者それぞれの緊張感が漂っていて、懐かしいな、と思いました。
 私世代が準指導員を受験したのは、1982年2月石打丸山スキー場でした。その年からスキー教程が替わり、加圧押し出しとか言う新商品が出現し、大いに迷った時代でありまして、それに伴い準指導員の検定種目も大幅に変更された年でした。
 交互操作とかトップ上げとかのカリキュラムが一世を風靡した時代ですね。〇佐のスクールでは、皆が挙ってトップ上げをしていたものです。とても奇妙な光景でした。


  1980年代後半ごろでしょうか、基礎スキー界に、多くの競技経験者(ワールドカップに出たとか、かなりハイレベルな方々)が現役引退後、基礎スキー界に入ってきたのです。スピードを重視した場合、スキーのスタンスは閉脚ではなく、どちらかというとオープンスタンス系となるようで、その流れから普通の競技経験の薄い、あるいは無いスキーインストラクターも、足を開いて滑る傾向に変ってきました。さらに、一般のスクールに入校する人にさえ、足は開くものだ、という強固な理論を展開したイントラも多く居たようです。その教えに戸惑ったのは、一般スキーヤーではなかったか?という気がします。昔は、足はどうやって閉じればいいんですか?という、いわゆる足を閉じることが最上だと言われてきたものが、今度は足を開いて滑るのが主流だというのです。
 私自身、1985で正指導員、1986でテク、1987でクラ(2回目〇)を取り、1988シーズンは再び〇佐スクールにお世話になったのですが、そのシーズンくらいからスタンスを広く取ることと、スキーのトップ進行方向への圧を加えるといった技術傾向がありました。
 当時、私はまだ足を揃えるタイプの滑りであり、当時の〇佐スクールの若手有望株のイントラたちはこぞってスタンスを広く取っていました。また、スキーの進行方向に力を加えるという観点から、腰をスキーのトップ方向に回す意識で滑るという方向に変わりつつありました。
そのシーズンが終わり、地元の仲間と奥只見に滑りに行ったのが ↓粗悪動画です。
 両足をフリーにすることで、それぞれの役目を果たさせるというか、ラフでありながら逆に難しい気もしました。
 余談ついでに。
 私は競技経験もなく、ただのスキー好きが講じてイントラになったわけですが、〇佐スキー学校は当時スキー同上として名高く、多くのデモンストレーターを輩出してきたスクールでした。それに憧れ希望もありましたが、スクール3年目の準指導員合格後、一緒に受験した同僚たちは気が抜けたのか技術の研鑽をするでもなく、みんな緩んでいました。そういう雰囲気に嫌気がさし、今シーズンで止めることを決意。その頃、慕っていたスクール先輩のSさんに誘われ、南魚沼の某スキースクールに入らないか?と打診されたことがありました。Sさんは、技術も高く何度も基礎スキーの全国大会に出場されていた実力者でした。その御方が直々に誘ってくださり、真っ先にOK返事をしました。
 シーズンも終わり、無雪期になるとSさんから連絡があり、やはり南魚沼の某スキースクールに行くことができないという連絡があり、私はすでに〇佐をやめる決意をしていたので宙ぶらりん状態になったのでした。秋口になり、私は地元の入広瀬スキー学校に入ることを決めました。
入広瀬スクールは当時すでに女子デモであったTMさん、男子でも全国大会に出た近所のFさんも居り、教えてくれる環境に不自由はありませんでした。ただ、お客さんがたいへん少ない大原でしたので、なかなか整ったバーンでの練習は、難しく、私と音松荘さんとで修学旅行のイントラで上国や湯沢に行き、そこで練習をしていた時期でもありました。
 個人的にああでもない、こうでもないと悩みつつ個人練習してましたが、なかなか上手にならず、はじめての甲信越ブロック予選で予選落ち、2回目、3回目も予選落ちでしたが、3回目は失敗種目がかなりあり、そのミスがなければ全国までは確実に行けたのだろうと悔やみつつ、まぁ、それが自分の実力だったのだとあきらめ、基礎の大会はそれで止め、代わりに捌け口をテクニカルプライズとクラウンプライズの取得に精を出したわけです。


 やっと本題入ります。
昨今のカービング板の特性を利用した場合、レベルの高さを判定するスピードだとか、キレとかを優先する場合は、やはり足を開く必要があります。一般には、外スキーを伸展させ、内スキーを畳み込む。及び、外スキーはインサイドエッヂを食いこませ、内スキーはアウトエッヂでとらえてゆく、といった感じでしょうか。
 これを単純な動きで説明すると、肩幅くらいのスタンスで直滑降を行い、どちらか一方のスキーをサイドに広く押し出すプルークボーゲンです。そを左右それぞれ何度か行うことで、基本的なカービングワイドスタンスのレールターンとなります。これが最もわかり易い気がします。
これをやると、内スキーと外スキーの役目がまるで違うという気がします。
 均されたパックバーンではこういう動きも取り入れると爽快感が増しますよね。一方、閉脚でのメリットを考えてみると、とても多くのメリットがあることが分かります。
 BCであっても、人気のゲレンデでは多くのスキーヤーが滑り、荒れることがあります。そういう場合は、2本のスキーのそれぞれを使うというよりも、一束として使うことが有利です。同時運動同時操作ですね。
  ただ、今の板は幅広になっているので、膝同士がくっつくという形状は無理かも知れませんが、膝の真ん中にリンゴやボールなどを落とさずに滑るイメージは大切かと思います。また、新雪や湿雪アイスバーンなどや、スキー場でのコブ斜面やコブラインも同時操作が有利です。

以上、本日の机上レッスンでした。なにかあればコメントください。


今日は久々休み&机上レッスン⑧

 昨日の須原は小学生初心者の団体が2校、あわせて130名くらいと、指導員研修会が行われていました。
 高原リフトが一番雪があるので、全般的にそこに集中し、リフト下車場の雪が削られて斜度がきつくなったのか、かなりの転倒者が出て、リフトも相当数止めさせていただきました。指導員研修会の方々や一般の人には迷惑をおかけしたと思いますが、安全の為なので指導員の方々も解ってくれたことと思います。
 スキーレッスン業も含め、久々に10日以上連続で働きましたが、結構精神的に疲れていまして、夜も結構寝てしまっています。

 ネットを見ると、スキー動画も星も数ほどあり、SAJのデモンストレーターの方や元デモンストレーターのかた。あるいはそれに近い戦績を残された方から元競技選手の方々。あるいはまったく聞いたことのない方のスキーレッスン動画も見ることができるのが昨今のネットです。
 BCにおいては、プロの方々はあまりおらず、一般の山スキーヤーたちが仲間の滑りを動画にしていたり、その雰囲気や山の様子を想像できます。滑りを見ていると、ほんとうに器用に滑っていらっしゃいます。やはり山スキーとしてのマテリアルの向上でしょうか、これほど用具が良くなるともう技術とか無用の時代になっていくのでしょう。新雪でもスキーは雪面に浮き出して、そこにわずかな迎え角をつくるだけで次のターンへとスキーは向きを変えていきます。滑走者は楽しめるし、パウダーも堪能できる。それ以上の細かいスキルを求めるのはむしろ野暮と言えるかもしれませんね。 
 という、昨今の動画での感想に過ぎません。ここでは、勝手な蘊蓄を語らせていただlきます(笑)

 昔のスキー形状は、身長プラス20cm~30cmくらいで、アーチはほぼ無くほぼまっすぐでした。よって、今のカービングスキーのように最初の捻り動作だけでは曲がってくれませんでした。ターンをするためには、外側のテールを押し出して迎え角を作り、ターンに入っていくことになります。つまり、スキー板を操っていかないとターンできないという時代でした。
 今では、体を傾けるだけでターンは開始され、昔の板よりはるかに回転性能が良くなっています。したがって、スキーを操作するという傾向が失われ、2本のラインが残るレールターンが主流になり、スキーをずらすことが暗にレベルが下手といった傾向になってきていることも事実です。よって、一般スキーヤーの高速化が目立ち、事故も増え、昨今の指導員研修会でも安全なスキーという事でずらしを意識した指導を行う傾向になっているようです。逆に考えると、曲がりやすい板になっているからこそターン導入が容易であり、ずらし操作もより容易になったという事だと思います。とくにカービングスキーのアーチを利用すれば、ずらしながらでも板は十分なカーブを描いてくれる筈です。
 という事で、めちゃくちゃ長すぎる前置きになってしまいました。
 今ではあまり言われなくなりましたが、昨年参加した二王子二ノックススキー場会場の指導員研修会での担当講師は、何を思ったのか「伸ばし押し出し・曲げ押し出し」などをやってみましょう、などと言い、参加者一同やってみたのですが、大変バーンが荒れている中、かなり滑走しやすいと感じました。これは、ターンに入る時に両スキーを側方へ押し出し、一旦しっかり方向性を確保し、あとはその角度にのって体を預けるというものです。これを行うことでターン後半へ向けての余裕が生まれます。一方、曲げ押し出しについては、ターン前半は何となくルーズに抜重しながら入り、フォールラインあたりから側方へずらしながらスキーを押し出すという技法です。これは、まだ初級レベルのスキーヤー(体軸の傾きやクロスオーバー感覚が解らない人)などに適したものと言えるかと思います。

以上、とりとめのない雑談的なレッスンとなりましたが、何かあればお気軽にコメントください。







机上レッスン⑦

 一昨日の休日は良い天気で、須原スキー場も大賑わいでした。このお客さんの三割ほど大原スキー場に来ていれば、今年は未だ存続していたのでしょうけれど。やはり奥地であるという事と、いろいろと難点はあったのでしょうか。 
 須原で、リフトの立ち番や中のオペをやっているといろんな知人の会います。知人のBCガイドさんやかつての入広瀬スクールの面々など。
 一昨日は、思いがけず結構テレの人がいまして、私と同時期にテレマークスキー指導員を不合格となったり合格年度が同じだったりを経験した燕の方が滑りに来ていました。他のお客さんがごった返しており、とても抜けて話をする余裕はありませんでしたが、一言二言やり取りをしました。 
 kさんも一度受験し不合格。4年かけてすべての単位を取れば合格となるテレマークスキー指導員ですが、kさんは都合で次年度の受験を回避。3回目で私と同じ平湯温泉スキー場で受験。残念ながらそこでも指導種目を落とし不合格。私もその年はkさんと同じく指導種目を落とし不合格となりました。で、kさんは3回目の受験。私は2回目でようやく合格という事で、2年同じ会場にての検定でした。今となっては、ニーズもないテレマーク指導員を何で受験したのだろう?という気持ちにすらなっていますが、当時は必死でしたからやり遂げた感はあります。とまぁ、余談が長くなりましたが、本日のお題へと入ります。



 今日は横滑り系のターンの付いて書いていきます。横滑りについては以前にも少し触れたかもしれませんが、ここでは一から書いていきます。
 スキーのトップの向きに対し、腰を含め体を逆に捻ることを外向傾姿勢と言いますが、より安全確実に制動する場合は、腰の外向姿勢が求められます。具体的に言うと、たとえばスキーのトップが斜面落下方向に対し左(真横)に向いているとき、腰はフォールライン(最大傾斜線)に向けると左足内側の膝が返り、左側の外エッヂ(アウトサイド側、つまり小指側のエッヂ)が緩みます。これにより、右側の外スキー側のインサイドエッヂ(親指側のエッヂ)も同調し緩みます。これにより、両スキーは最大傾斜線方向にずれ落ちていきます。このズレに多少の圧力を加え、リズムよく滑走することで、より安定したスピードコントロールと下半身と上半身の捻り戻しにより、スムーズが切り替えが可能になってきます。
 この横滑りを応用すれば、コブ斜面やアイバーンなど、多彩な技術幅を広げることができるでしょう。
 この応用については、また次回思いついたときに書いていきます。

 ということで、今回は横滑り系のお話でした。なにか質問や突込みがあればどうぞコメントをお寄せください。




机上レッスン⑥

 今日の朝はめちゃくちゃ冷えてます。また気温が上がり、明日からは雨模様とのこと。まったく困った冬ですね。楽ですが。

 ターンというのは、大きく分けて切り替えからフォールライン(斜面に対して真下を向くあたり)までを谷まわりと言います。フォールラインから次のターンの切り替え迄の間を山まわりと言います。便宜上の専門用語なので、ターンの始めと終わりの部分として要約できると思います。
 色んな斜面を滑り、色んな雪質を滑れるようになると、だいたいひとつのターンを行っている最中に、「今はターン前半部だな、とか、ターンの後半に来ている」という事を自覚できるようになります。 
 おおむね、中級者レベルの方々は、ターンの初期に一気にスキーのトップを行きたい方向へ向けていくために、早めに一つのターンが終了してしまいがちです。つまり、クルッとターンの方向づけを行った後、あとは長い時間斜滑降を行い、おもむろに次のターンへと入っていくという事になるかと思います。その弊害として考えられるのは、一気に方向けをしてしまうために、スキーのテール部分がスピンしてしまい、連続したターンができない傾向にあるという事です。
 改善点は簡単なことから言うと、シュプールを丸くするという事に尽きるかと思います。
 さほど人の踏み入っていないピステで自分の痕跡を眺めるのもかなり有効な上達方法です。一気にスキーをぶんぶん振るというよりも、やさしく自分の体重を徐々に載せていく(そんなことはあり得ませんが、イメージとして)ような感じでスキーに寄り添うという事ですね。

 こんな感じで、あまり脈絡もなく、つらつら書いてますが、なにか質問やご突込みなどあればコメントをお寄せください。あまり得になるお答えはできないかも知れませんが、誠意をもってコメントいたします。

 2月も10日を過ぎた&机上レッスン⑤

 いろいろと気分が冴えませんが、取りあえず行くところに行き、作業に従事するしかない。…といった、選択肢を選べないのはきついですね。

 ここの所、毎日コンスタントに少しづつ雪が降り、早朝の投雪機での除雪を行っています。家二軒の玄関先を終わらせ、そのあと、車の移動をしたりして大雲沢ヒュッテの脇と後ろを除雪すると、かれこれ1時間半以上かかってしまいます。ここ数日はほぼ4時逝起きして作業してました。



 今日は、再びストックというか上腕の使い方などを捕捉で書いてみます。
 単純に言うと、左足が外足の時は左手でカバー。右足の時は右手という事です。ですから、歩くときと少しタイミングが違います。行進の時にたまに出す方の足と手が一緒になってしまうことがありますが、あれですね。ああいう風にスキーをしてみるという事です。 ターン中にストックはただ持ってるだけ、スキーは足前だ、という考えは実はそうではなく、すべて手足が連動しているという事ですね。
 試しにやってみて欲しいのは、緩斜面の直滑降で、片方づつ手をそれぞれ前方に向かってゆっくりパンチを繰り出してみると分かると思います。
程よいカービングスキーの形状スキーであれば、そのまま曲がってくれるはずです。ただ、これが極点になってしまうと、正対し過ぎてしまうので、中急斜面ではほどほどにという事になります。
 外スキーとともに外腕を程よくターンをリードしつつ、もう一方の内肩は体のまわり過ぎを防ぐように軽くブロックするとよいでしょう。

賑わい&机上レッスン④

 昨日は、1/9以来の再オープン、須原でした。大原では滅多に見られないほどの混み様で、後半は体の冷えから腹痛がし、とても夕飯を食える状態ではありませんでした。寝床に入り、少しして大分収まってきたので林檎と洋ナシを食べて寝ました。

 さて、今日は何かを書くとしてましたが、…思い出します。
 ストックワークをあまり使えていない…といったような事でちょっと書いてみましたが、逆にストック無しだとどうなるの?っていう話ですね。
この練習は、即現場では無理なので、スキー場など安全な施設で行うのが良いでしょう。
均された斜面で、ストックを使わずターンしてみる。いっそ、ストックはその辺に置いてノーストックでのターンを試みてみる。
これをやると、普段、ストックなんか使っていないと思っている人でも、意外とストックを使っていることに気づきます。で、さらに、上半身をどのようにブロック&緊張をすることにより、よりスキーが動ける体勢を感じることができます。これは主に、小径のターン弧を描く場合、特に重要視されます。
 1個のターンが終わりました。さてその次のターンをしなければならないが、どのような体勢をつくればスムーズに入れるか?という事ですよね。これは以前にも書きましたが、スキーのトップの向きと逆方向に上半身が位置されていないと次のターンが入れません。例えば、雑巾絞り(乾いたものをイメージ)で絞ったものを開放すると元に戻ろうとします。これの連続をスキーと上半身で行うという事ですね。

 当サイトにもこういったコーナーを設けておりますが、ブログのコメントでも何か質問があればお答えしていきたいと思いますので、何かあれば書き込みください。