山の話⑪

 昨日は雑用に終始しました。午後からは勤務に出勤し特大チェーンソーの刃を研いだり公園の巡視作業他で過ごしました。日は時々差すものの終日雪がぱらつき寒い日でした。午前中小出まで出かけてきましたが、スーパーは人でごった返し、今の時期だからこそ人々は買い物に勤しんでいるのであろうかと思った次第です。
 今日、朝、ふたたび重い雪が降っています。


 かつて明確な登山道があったが、すでに現在廃道化された登山道を辿ってみたい。こういう藪好きも多々いることと思います。それはどこかに郷愁というか、自分の中の琴線を探すかのような作業にも思え、そこを辿る時の緊張感は有るがままの登山道の何倍も心が高鳴るというものでしょう。
 守門岳吉ヶ平登山道はまさにそういう道でした。
 吉ヶ平という名を聞くと、なぜか懐かしさを覚えるのはなぜだろう?と自分の中の淵を探ってみると、その昔、県内のどなたか(確か見附の方だったか‥‥と)が書いた守門岳に関する本だった気がします。その本の中には現在の番屋山途中の雨生ヶ池の雨生をアバラセだと書かれていたり、吉ヶ平山荘の管理人さんが柳さんという方であったり、そういう古い時代の事が書かれていた本でした。その本はすでに紛失してしまいましたが、その記事を辿り、私は吉ヶ平山荘に出向き、柳さんという方を拝顔しに行った事が思い出されます。
 その本の中には旧吉ヶ平ルートが詳しく表されていて、そこを辿る必要性があると強く感じた次第です。
 私は1994年晩秋に当宿を立ち上げ、しばらく蕎麦店と宿を切り盛りしておりましたが、両立は厳しいものがあり宿のみとしました。空いた時間を山小屋主としていろんな山を歩き、それぞれ把握しておかなければならないという事で、近くの山々(主だった新潟県内の山歩き)を勢力に歩き、特に近隣の山に関してのコース把握は確実にやって置くべきだと思っていた頃です。
 浅草岳は、ネズモチ道・ムジナ沢から桜曽根道・田子倉中崎尾根・入叶津道・六十里道などを終え、守門も大白川登山道・田小屋登山道・本峰から大岳保久礼登山道・二口登山道・入塩川・大穴沢中津又線など歩き済みでした。当時、吉ヶ平の新ルート建設は未だ行われておらず、そこは建設後一度登ったことがあります。
 廃道巡りをしたいという欲求はいつの間にか脳内から消えてしまっていましたが、2006年の無雪期黒姫歩きの道中にヒメサユリがあったことが忘れられず、守門岳本峰付近にもそれがあるのではないだろうか?あるものなら巡り合いたい、その欲求が強い時期でもありました。
 2008年7月、この時期は多忙期のはざかいであり、仲間と帝釈山お気楽登山のあと暇な日があり、シロとともに守門に出かけたのです。この日の目的は守門山頂の東、袴腰から下ったカール地形が目的でした。その草付きに何かがあるに違いないという想像は膨らみ、そこが目的で守門に行ったのですが、糞暑くとてもそんな気になれず却下。代わりに青雲岳の近辺を散策しましたが、これも何一つ目ぼしい植物に会うことはできませんでした。ふらふらと大岳に向かうと鞍部網張で赤テープを見つけ雪渓のある所まで下降しました。その時に、ヒメサユリ発見作業から一転、吉ヶ平ルート完結山行に鞍替えとなってしまったのでした。
 10日後、今度は吉ヶ平から入ってみました。当時はそれでも山菜採り用の山道として使われていた痕跡があり、管理はされてはいないが道型はしっかりしていた記憶があります。ただ、地形の変わり端の入りが解らず、目印が何点かあったりしたのでもぐりこめましたが、現在はおそらくわからないかも知れませんね。
 かつての道標がまだ残るそのコースは、今ではもう歩く人も居ないだろうと思います。下田山塊の地元地図に硫黄沢付近に♨マークがあったのも来訪したい欲求の一つだったのかもしれません。確かのその区域は硫黄の匂いのする沢ではありましたが、においだけのようでした。


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この記事へのコメント

2020年04月07日 06:41
気持ち玉、ありがとうございます。