山の話⑧ 他

 一昨日から毎年来ていただいている方々が2泊中ですが、昨日は悪天で奥丸のスキーは回避とのことで1日待機だったようです。私は珍しく事務処理などを手伝い、事業所のPCに初めて触りました(笑)。今年、現場で必要な備品などの調達をネットで調べておりました。林業をしていて、あれが欲しいこれが欲しいという瞬間は多々ありますが、すぐさま即決でっていうのはありません。一応稟議書っていうところでしょうか。

 本日も藪つながりで書いていきたいと思います。
毛猛山山塊は、基本的に有雪及び残雪期に登る山として定着していますが、無雪期にはどうか?と思い、入り浸った時期がありました。国道252号線の六十里トンネル手前の大鳥沢から前毛猛山、六十里登山口途中の雨量計のところから前毛猛山など、同じ時期に至りました。
 大鳥沢から入渓し、昔のゼンマイ道のなごり道を辿り、滝をトラバースすると急な草付きが現れます。その草付きを適当に樹林帯の林縁に沿い登ります。そこから再び大鳥沢の源頭部に出て、源頭の藪の少ないヒドを登ってみました。どんどん登ると、クロバナヒキオコシは失せ、カンスゲなどが繁茂したところに出ました。そこから大きな奇岩の横を通り、主尾根に取り付きしばらく藪を漕ぐと山頂となりました。
 六十里浅草岳登山道から入るルートは、雨量計(登山道からは見えません)の分岐を右折し、雨量計のところから入っていくのですが、最初来た時には雨量計まで明瞭な目印があったので楽勝かと浮きたちましたが、そこから先がかなりの藪でした。かなり藪というよりも、踏み跡が皆無でした。わかりにくい広い尾根をしばらく行くと、尾根は狭まりルートは明瞭になっていきます。途中途中に踏み跡らしき痕跡が見え始め、以前は確かに道があったのだろうと考えられる痕跡です。藤島玄の越後三山集成図(現在は廃版)では、古い鉱山がその途中に有ったとされ、昔は往来があったのだろうと思います。
 どこか面白い山はないですか?と、とある登山団体さんのリーダーさんから打診を受け、あれこれ提示してみたものの、なかなか見つからず、浮かび上がってきたのが足沢山と前毛猛山の山旅でした。一応10名様以上という事でしたので、下見をする必要があり、前毛猛山はこちらのコースを選択したのでした。
 足沢山へは従来熊狩りなどで使っていたルートを最初考えていたのですが、途中痩せ尾根があり、蜂が大量に居たこともあり、送電線巡視路から入るコースに変更しました。主尾根の分岐までは快適な道でしたが、その後は密藪(残雪期はほぼ雪で無雪期は踏み跡が皆無)で分かりにくくコース取りが大変でした。今なら絶対に請け負わない仕事ですが、その当時はなりふり構わずといった時期でしたのでなんでもやってましたね。
 藪漕ぎをしているといろんな植生変化があり、それを把握すると割と藪の場所を避けて通れたりします。そういう観点から、ただ山に登るのももちろん楽しみでもありますが、自然環境などに目を向けるといろんな発見があるものです。
藪の話は次回も続きます。

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この記事へのコメント

鰤鯛鱒鮎
2020年04月03日 07:44
 今は仕事に行くことはほぼ「都市に行くこと」と同義ですが、昔の村人は「山に行くのが仕事」だったんですよね。だからこそ、至る所に杣道があり、沢の出会いや鞍部などに細かく地名がついていたのだと思います。大鳥沢経由の前毛猛山登頂の記録も大変興味深く拝見しました。ところどころ痕跡を残す杣道は「ぜんまい道」か「炭焼き道」なんでしょうかね。そこを当時の小柄な親父さんが重荷を背負って行き来していた訳で、感慨深いものがあります。
2020年04月04日 05:13
 鰤鯛鱒鮎さん、おはようございます。
かつて市の沢の上流に大原開拓地があり、その沢筋に私の父とほかの方が炭焼きをしていました。たがいに行き来し、情報交換をしたりといった具合でいろんな山道が交錯していた気がします。
他にも造林の作業どうやらいろんな仕事の山道、山一つ越えれば屋形平ですからその山道も何度か通った記憶があります。
芋鞘から山越えして守門山麓で炭を焼いていた方も居たようです。
2020年04月04日 05:14
気持ち玉、ありがとうございます。