山の話㉙  他

 山でのトラブルで書き忘れたことが一点ありました。もう大分前の事なのですが、単独でネズモチ平にウサギ狩りに行った時の事でした。据銃する際に頬に銃床を添えるのですが、眼鏡をかけたりすると邪魔になるのです。なので、私はほぼサングラスを着けずに山野に入っていました。たまたま、3日間とも好天に恵まれ、2日目にはだいぶ目に来ているという感覚はありましたが、3日目も好天でしたので、これはもう行くしかないと思い行ったのでした。ところが3日目が最も紫外線がきつく、ついに激痛で目が開けていられないほどになってしまいました。基本閉眼するしかないのですが、盲目で雪山は歩けません。かろうじて目星をつけ閉眼しては歩き、ときおり薄目をあけては現在地を確認しつつ家に戻りました。夜は目が痛く一晩中冷湿布をして寝ました。一晩冷やし、朝起きてみると嘘のように楽になったという事がありました。以来私は、サングラスまたは乱視用の眼鏡をかけて雪山を歩くようにしています。


 山の話をずっとしてきましたが、読む側になってみれば、ずいぶん山好きなお人(私、浅井)だろうなというご感想を持たれるかと思います。しかし、子供時代は山が大嫌いでした。私は幼稚園というものには行かせてもらえず小学校1年から毎日8キロの道のりを歩いて通いました。朝は毎日5時半に起床し朝飯をさらいこみ、開拓村の子供たちとともに6時半に出ます。1時間かけてゆっくりと道草などをしながら学校に行きました。帰りも同じ道を辿りながら帰りますが、帰りは登りでした。
文明的なものは何一つなく、日が暮れて自家発電の暗い白熱電球は夜の7時までとなり、メディアはラジオのみ。初めて電線が下の部落から引かれたのは、小学四年生の時でした。あまりの明るさに照れくさくてどうしようもなかった記憶がよみがえってきます。翌年テレビが入りましたが砂嵐に物体が見える程度でしたが感動ものでした。 なので子供時代は山は嫌いでしたし、社会に出てもしばらく山とは無縁の生活を送ってきました。ところが再び傾倒し始めたのは20台中盤にキノコ採りに夢中になってからでしょうか。のちに山菜採り、狩猟とフィールドは本格的になっていったのでした。
今現在は、山を主とした題材の詩や散文(現代詩フォーラムでは山人というハンネで投稿)を書いてはネット投稿したりしていますし、BWや山スキー、整備、カモシカ調査、自然環境保護業務で近くに山々を中心に年中登っています。また、家業のほか、勤務仕事で森組に行っていますので、常に山と触れる生活となっています。
つまり、今は山はいろんなアトラクションが楽しめる場であるといっても過言ではないでしょう。

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この記事へのコメント

2020年04月27日 16:42
気持ち玉、ありがとうございます。