山の話⑥ 藪

 昨日は天気も良く、勤務仕事の関係でジャクズリ沢上部の900m付近まで出向いてきました。もう少し行けば三角点まで到達できたのですが、目的が違うので折り返した次第です。それにしても雪が少ないので灌木が目立ちました。ジャクズリ沢源頭鞍部ももっと膨大な雪があるのですが、雪が少ないとあちらこちらが急峻な感じになりますね。


 昨日と一昨日は毛猛山塊の事を書かせていただきました。藪つながりという事で藪山に関して少し書かせていただきます。
藪歩きというのは普通に子供のころからやってました。とは言っても藪山登山をやっていたわけではなく、藪の中のアケビや山ブドウなどを取りに藪に分け入っていたという事です。また、キノコや山菜に目覚めたころにやはり藪漕ぎをせざるを得なく、特に土に出るキノコに関しては密藪を漕ぐ必要がありました。また、春の残雪期の熊狩りの時にも雪と雪の間に藪があったりし、銃を背負いながら密藪を漕いだこともあります。
 登山としての藪山は毛猛山山塊がとっかかりとなりました。毛猛山塊の部分で最も嫌な個所は、太朗助山直下の部分と毛猛山直下ですね。あとは雪の着き具合によって歩き安くなる事もあります。
 では無雪期はどうかというと、これは世間一般的には積極的に藪山に向かって行く人はいないのが現状かと思います。藪山というと、一般的に行われるのが残雪期の登山が多いかと思います。雪を拾い、藪を回避し、三角点を踏むというスタイルが多いのです。雪があればどこを「道」にしようが自由です。その山頂の踏み方に疑問を感じていたのは事実なのですが、それとは別に、無雪期のその山に何か特別なものがあるのではないか?という切実な興味に駆られた山域がありました。それが2006年7月下旬の黒姫山行です。
 ヒメサユリは浅草岳一帯にある植物ですが、守門岳では大岳から西方面がメインでその生息域に興味を持っていました。また、田代平から鞍掛峠の向かう途中にもヒメサユリの生息地があります。では、その中間点でもある黒姫はどうか?という興味が湧いていました。
 2006年は非常に多忙な年でなかなか自由な時間が取れない年でもありましたが、その山行に賛同した小千谷М氏、地元現BCガイドО君を誘うと一発返事で同行が決定し現地に向かいました。まずどこから入るかという事で現地に向かいながら地形をチェックしました。当時は車で田代平まで行くことができたので、地形図を見ながらルートどりをした結果、田代平から鞍掛峠まで歩き、そこから破間川に入渓し渡渉。わずかに残る支沢の雪渓を利用し、主尾根に取り付くという計画にしました。結局途中の開けた個所にヒメサユリを見ることができました。
 主尾根から方角をチェックし山頂方向に至るわけですが、まさに強烈な藪で山頂の三角点付近は視界無しの藪の世界でした。帰りのルートも間違いの無い様下り破間川まではすんなり至れましたが、そこから鞍掛峠間は地形に特徴がなく、結局、鞍掛峠と烏帽子間の稜線に出てしまいました。この時も、夏ではあったもの、ある程度の長さの雪渓に助けられたという事でしょうね。











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この記事へのコメント

鰤鯛鱒鮎
2020年04月01日 06:55
 破間川源流部から見上げる守門黒姫の北斜面ですが、今でも訪れるのは熊撃ちの方と山スキーヤーくらいでしょうか。残雪期は素晴らしい景観ですが、夏は確かに藪・藪・藪なんですね。周囲のブナの天然林はツキノワグマの爪痕だらけで、まさにツキノワグマの王国といった場所ですね。
 ヒメサユリは当地では身近な植物ですが、人気がありますね。豪雪地帯の雪田地形や崖地形に咲く品種ですから、「野の花は野に」の精神で大事にしたいものです。稜線に咲いたヒメサユリの株は「かなりの範囲へ風散布で種子を拡散させる」と思いますが、山野がヒメサユリだらけにならないのは、やはり地形要素と土壌の適否、通年気候等が複雑に作用しているのだと思います。
2020年04月01日 07:19
鰤鯛鱒鮎さん、おはようございます。
残雪期に美味しそうな山スキー適地の地形は、得てして密藪ですね。特にクロヅルの繁茂やツゲ類の密藪は見ただけでげんなりします。

こんなところにヒメサユリが!なんていう某道にあったりします。
どこからか登山者に靴にでも種がくっついてきたのだろうか?などと思わせる場所にあったりします。
モノの本によるとヒメサユリは岸壁など貧栄養の場所を好むと言われてますが、そうでもなかったりしますよね。
鰤鯛鱒鮎
2020年04月02日 06:56
 ヒメサユリの分布と生育条件を考察中ですが、国道252号線の六十里峠が新潟の(もしかして世界の?)分布の南限のような気がしますね。守門・浅草エリアはヒメサユリの基盤生育地のひとつですが、破間川(広瀬谷)の東側にはヒメサユリの群落はちょっと記憶にありません。魚沼盆地から広瀬谷は、おそらく小出ー新発田 構造線に沿っていると思いますが、温暖期に西日本から北進してきたササユリが度々の寒冷期(氷期)を経て多雪適応型のヒメサユリへと分化した舞台が、この「越後山脈から飯豊連峰の2000m級の山岳豪雪地帯」で「雪田地形(夏期草地)」を有する場所だったのかなと想像します。
 ちょっと土壌関係の文献を調べてみましたが、雪田地形で形成される傾斜泥炭土壌(弱酸性・湿潤・腐食層多、短い夏期に繁茂する草本が腐食・積層=雪田性ピートと勝手に定義)に適応したユリが「ヒメサユリ」という感じでしょうか。標高2,000m以上の高地になると断熱材である雪が飛ばされたり、冬期に土壌が凍結する場合があって、ヒメサユリは生育出来ないのかもしれません。雪田地形が形成される条件というのも「火山成層による”たおやかな斜面と窪地”」、「冬の季節風」、「豊富な年間降水量(豪雪)」等の条件が必要です。斜度が緩すぎると雪消えが早まり樹木が卓越しますし、逆に積雪面の傾斜が強すぎても、頻繁な雪崩の雪蝕により「雪田性ピートは形成されません」から、こうした絶妙な条件を背景としてヒメサユリの生育地は限定されるのかも知れませんね。
 お話にあった「ヒメサユリの飛び地」ですが、人為的な背景が無いとすれば「最終氷期の遺存群落」の可能性もあるかも知れません。夢が広がります。
2020年04月02日 12:35
西にあるササユリはヒメサユリに酷似してますよね。
夏を過ぎ、秋口に鬼が面山山塊の除草を行いますが、ヒメサユリの分布など気にもせずなるべく切らないように気をつけるくらいしかできませんが、大株だけを切らないようにすることが果たしてよいのかどうなのか?など最近考えています。すでに落ちてはいませんが種子となっていて、球根ももちろん立派になっていることでしょうし、その株をカッターで切らずに残す意味があるのかどうかなど最近考えたりします。光合成の時期も九月ですからほぼ終了期と思いますし、さほど神経質に注意する必要もないだろうとは思ってはいますが、やはり落としてしまうとやっっちゃったな――と叫んでしまいます。
 守門に有って浅草にないものはあまりありませんが、浅草にあって守門にないものとして。ベニサラサドウダン・ヤマグルマ・が特徴的ですね。やはり浅草は福島県側が爆裂口となっていて、もともとは相当な標高があったのでしょうか。草本においても純高山性の植物がみられるのが特徴的ですね。 植物に限らず、いろんなモノに分布があり、特性があるようです。そういうモノをいろいろと憶測しながら見ることもまた山歩きの楽しさでもありますよね。
鰤鯛鱒鮎
2020年04月02日 18:23
 ヒメサユリの南限自生地についてですが、もうちょっと正確に記述しないと福島の方に失礼なので調べてみましたが、今のところ本州の福島県南会津郡の会津朝日岳周辺のようですね(この他にも小規模な自生地があるとは思いますが)。尾瀬沼周辺のヒメサユリは人為移入の公算が大とか。
 さて、「爆裂火口」のワードが出てきましたのでこれも考察してみましたが、良く言われるのが「浅草岳の旧火口は只見沢の源頭付近」、「守門岳の旧火口は硫黄沢の源頭付近」との言説です。火山学や地質に関する学術資料にこの二座への見解が明示しているものがあるか、まだ分かりませんが、確かになんとなくそんな感じがします(すごくアバウトです)。「爆裂火口」というと「大爆発」して「山が裂けちまった!」という凄まじさを感じますが、実際はどうだったんでしょうかね。セントヘレンズ山や磐梯山みたいな感じだったのかしら?それとも長い年月をかけて徐々に弱い部分が崩れていったのかな?
 地形図を見ると、守門黒姫や烏帽子山も何だか兄弟姉妹で爆裂(山体崩壊)しましたという感じですね。
2020年04月02日 19:41
会津蒲生岳なども自生地で知られているようですね。
鬼が面山塊の南岳を南端とするのは一般的でしょうね。ただ、ヒメサユリの花期にせめて前毛猛山にでも行けば、また新しい生息地確認になるかもしれませんが。

火山の後ゆったりと溶岩なんかが流れたのではあるまいかという地形は、早坂尾根なんかがそれっぽいですよね。
守門は山頂から烏帽子から大岳までの馬蹄形などと言われていますが、硫黄沢のテラスのような地形も興味がありますね。
2020年04月02日 19:41
気持ち玉、ありがとうございます。」