スキー雑談⑩ その他

 ここのところ、バタバタとしておりました。本業も少し有ったり副業も少しづつやることが出てきたりと、1日のうちでも二足を履くことはたとえ僅少の仕事量であっても楽でないものです。
 私よりもだいぶベテランのBCスキーヤーさんが2泊され、浅草岳を目指したそうですが、数年前に怪我をされ久々の山行きだったとのことです。浅草岳スキーを計画し、SNSを辿っていたらうちちの宿にたどり着いたとのことでした。テレマーカーという事もあり、いろいろとお話しすることができ、私も楽しく夜を過ごさせていただきました。


 さて、スキーのお話も今回でいったん止めることといたします。
 アルペンスキーについては27回行い、テレマークスキーコーナーも13回行いました。今回の雑談コーナーでも10回書き、トータルすると50日書いたことになります。つまり、如何に暇だったという事ですね。

 浦佐の話に戻ります。研修生時代は殺伐としたシーズンを送ってきたわけですが、春になりスキー場が閉鎖になると、燃え尽き症候群のような精神状態になったものです。何もやる気が起きなく抜け殻のようでした。雪が解けだしても残雪を求めては雪の感触を追い続けていた年代でした。
 以前にも書かせていただきましたが、研修生の初年度に一級を取得し、次の準指導員へと目標を定めていましたので、シーズンオフもイメトレに精を出し、私の滑りはがらりと垢抜けしたのでした。それが2シーズン目ですね。2シーズン目は準指導員を受験するべく望んでいたのですが、研修生同士の中で今年は受験は回避しようという勢力があり、結局その年は消化不良でした。 
 3シーズン目は、満を持しての準指導員検定でした。その年から教程は大幅に変わり、いわゆる加圧押し出しという奇妙な指導法が発明され、プルークから片方づつ雪面を圧した結果、もう一方のスキー板のトップを上げるというものでした。スクールでもあちこちの猫の額ほどの斜面でトップ上げという奇妙な指導法が見られ異様な光景でした。当然、その年は加圧押し出しによる新しい準指導員の種目が登場し、大いに困惑しました。
 私のなかでは、加圧押し出しというのはあくまでも指導種目で緩斜面で行うもの。急斜面や実践種目では対応できない、という考えの切り替えを行う事にしました。 指導法の中に理論があり、それを学ばせるというよりも、それは一つの商品であるという考え方に徹していました。なぜなら、加圧押し出しのトップ上げをしながらコブ斜面なんて滑れませんし、あくまでもスクールの商品であるとの考えに徹していました。ただ、それを生徒さんに教えなければならず、そこが嫌な部分でしたね。教える側が納得してませんから変な時代でした。それでも、当時は新教程という事で各地から挙って生徒さんが来たものです。
 3シーズン浦佐で過ごし、新しい指導法やらいろんなものが色褪せ、私は去ることにしましたが、ここでの3年は燃え尽きたという充足感を感じた時期でした。年間100日スキーを3回過ごしたわけで、あんなにスキーをしたことはなかったですね。ただ、その割に巧くならなかった(のちの大原で実績を残せなかった)のは、自分の気の弱さだと思います。 
 すでに浦佐スキー場は廃墟となり、国道から見える山頂レストランは未だにありますが、いつかシールを着けて登ってみたい気に駆られることが最近あるのです。
 いい時代でした。生徒さんがたくさんいて、それもすべて自分よりも少し技術が劣るレベル程度で、初心者の生徒さんなどほぼ居ませんでしたし、日々生徒さんの前で下手な滑りはできないという緊張感の中でのレッスンでした。
 あの、濃密な3年が忘れることができず、まだこうして老体に鞭打ち、スキーをやっているのでしょう。

 という事で、長々とスキーの話をさせていただきました。
いつもより早い雪消えなど、これからはリアルタイムに自然関連の発信をしていきます。勿論、山スキーはまだ行くかもしれませんので、その際にはまたスキーの話など書かせていただくことがあろうかと思います。

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この記事へのコメント

あさい
2020年03月27日 04:50
気持ち玉、ありがとうございます。