穏やかな冬

2/14、早朝に投雪機除雪に従事。そのあと、小出スキー場に出向始動。例の江戸川区小学生の事前講習でした。
午後は、雑用やらそのほかいろいろとのんびりしました。

2/15、昨日の続きで、江戸川の1日schoolでした、小出スキー場です。
長岡市営スキー場が×ということで、小千谷の小学生やらいろいろとスキー授業の学校が目白押しで大混雑。
こういうのが、大原に分散してきてくれるといいのですが。
昼休み、ちょっとフリーで滑走しましたが、まったくダメでした。
やっぱりフラットバーンは苦手ですかね、オフピステが自分には合っているのかもしれません。

2/16、昨日はスキー場リフト係。同じ作業を延々と繰り返し、4時まで勤務。
なんか虚しいですね、やっぱりリフト勤務は。
終日雪が降り続き、搬器掃除と人力除雪でしたので、疲れて早めに就寝。

2/17、若干のお客さんがいたので、投雪機は回避し人力除雪。
簡単に朝食準備をして、これから雑用後再びスキー場リフト係へ行きます。
雪も降ってないので、またまた長い1日のはじまりです。
まぁ、原動室は狭いし、副流煙が嫌なのでなるべく表に出ると致します。

この記事へのコメント

細板革靴
2019年02月17日 13:58
 学生時代にスキー場でアルバイトしていた時期がありますが、雪消え時期になると上りリフトの下は吸い殻が延々と続いていました。バブルの頃は5千円札とかも雪の下から出てきたようですよ。タバコの副流煙は事業所として改善願ったら如何ですか?慢性閉塞性肺疾患(COPD)の原因となる可能性もありますし。
 さて、今日の午前中は小一時間ほどラッセルと新雪滑降のトレーニングでした。北斜面はまずまずの雪質でしたが、このところ少雪と氷点下の日が続いていたのでピステは確かに固め。大陸からの煤煙の影響か黄砂なのか、ちょっとくすんだ雪でしたね。
あさい
2019年02月18日 04:27
細板さん、おはようございます。

大原スキー場が開業したのが、昭和47年でした。
私が中三のころですから、46年前です。
当時、世の中は景気も良く、こんなドン詰まりのスキー場に関西からもこぞってスキー客が訪れ、わが大原民宿も大盛況でしたし、大白川地区の民宿や個人の住宅までも簡易宿泊所に変わり、多くのスキー客が泊まっていた時代です。
屋根の下のちょっとしたスペースがあれば、お客さんの方から頭を下げて泊まらせてくれと懇願していた、まさに宿泊業はバブルのころですね。
そういう頃ですから、細板さんのおっしゃるようにリフト営業が終わる頃、線下の散策をした記憶があります。
私は残念ながら紙幣は拾ったことは無いですが、硬貨はあったと記憶しています。

副流煙はなるべく吸わないよう、窓を大きく開けてアピールしています。
なかなか狭い、これも閉塞した社会ですので、波風を立てぬよう、かつ、自分の身を守りつつ、まぁ短い時間ですので注意したいと思っています。

今年の冬は、色のついた雪が結構降りましたね。また、真冬や初冬の頃もセッケイカワゲラやトビムシなんかも見られ、明らかに暖冬傾向を示す感じでした。
 私は、第二原動勤務なのですが、小用をトイレでする事は不可能なので、夏道の端まで行って小用を足しています。
昨日は雪の中、杉の木に杉の花芽でも食べに来ていたのか、ヤマガラとシジュウカラが混在していました。かわいい声を聞きながら、小用を足し、彼らの人懐こい姿も見たりと。これはこれで良いんだろうな・・と思った次第です。
細板革靴
2019年02月18日 19:29
 ヤマガラ、茶色が可愛いですよね。今日は午後になってからぐんぐん青空が広がりましたが、日照時間の伸長と日差しに誘われて野鳥も活発に動いている様子が見受けられますね。
 さて、スキー場のリフトにクワッド(4人乗り)が登場したのが30年くらい前でしょうか、みんなで乗れて楽しいし、事業者としても輸送力が大きくて良いのですが、都会から来た初心者の女の子が4人「降り場」で転ぶと、お互いのスキーが交差したりしてなかなか大変。山頂監視の係員が急いで女の子を起こしに行くのですが、バイト先のあるところに「ちょっと違った方向に頑張り過ぎるオジサン」が居まして、「オジサンやめて~!」という声が時々聞こえて来ました。このオジサンが男性陣にも同じサービスレベルで接していたかは不明デス。

 別のスキー場ですが、こちらは当方完全仕事モード。それでも昼間のリフト研修が終わると「ナイターはフリー滑走可(空いていて雪質も抜群!)」だったりして、その年は休日も含めて飽きもせず冬の間は毎日毎日ず~っと滑っていました。
 十日町から来ている厨房のオバシャン達も親切で、寮の手作りのご飯は美味しくて食べ放題だし、売り上げは絶好調だし、管理者の方や従業員の皆さんからも可愛がってもらい、修行時代のスキー場には良い思い出が沢山あります。時代はまさに「バブル真っ只中」でしたね。
 最終的にはリフトの運転・整備や圧雪車の運用、スノーモービルの操縦、スキーパトロール(安全管理や怪我人の搬送)まで担当しましたが、本当に良い研修先でした。
あさい
2019年02月19日 04:20
細板さん、おはようございます。

私もそろそろカモシカのなんちゃって調査に行くことが何回かあろうかと思っています。なので、これからは双眼鏡使用頻度が多くなると思います。
やはり動物たちとの出会いはワクワクしますね。

リフト係の余剰サービス。そういう問題があったのですね。
自分は指導中でもあまり気にしないし、起こす時もそう時が何度かあったと思います。
緊急時の措置としては致し方ないかと思いますが、余剰は×でしょうね。

自分も26年ほど前に、岩原の某ホテルに住み込みで働いていました。やはり厨房には青森津軽のリンゴ農家のおばさんたちがいて、やさしくしてくれましたね。比較的訛りの少ない方の通訳で何度か二度聞きしたことがありましたっけ。
優しい板さんもいろんな魚を捌かせてくれたり、まさに手取り足取り教えていただきました。
さすがにそのシーズンは、ウサギ狩りも〇日、スキーはナイターで数日滑りましたでしょうか。今までと全く違う、異質な冬季シーズンでした。

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